年30回以上のオンラインショップ改修で体験満足度が改善!梅酒の老舗が実践するストレスのないオンライン体験の探求と軌跡

菅 健太郎さん
2004年4月チョーヤ梅酒株式会社に新卒で入社し、大阪支店販売課に配属。営業経験を積んだ後、製造部伊賀上野工場品質管理課へ移動。製造部生産技術部門責任者を経て、2018年4月梅体験専門店「蝶矢」京都店、2020年6月には鎌倉店をそれぞれオープンする。2021年1月よりオンラインショップを開始。2021年4月に梅体験専門店「蝶矢」を運営するCHOYA shops株式会社をチョーヤ梅酒株式会社から分社化し、代表取締役に就任。

初の社内事業で分社化。体験型店舗立案に至った衝撃の原体験とは

チョーヤと言えば「梅酒」と言われるほど、梅酒の認知を持たれているチョーヤ梅酒!しかし、京都と鎌倉に梅体験専門店「蝶矢」があることを失礼ながら存じませんでした…。今回はぜひ、梅酒の老舗が梅体験専門店「蝶矢」を開店した経緯についてお伺いさせてください!

梅体験専門店「蝶矢」はもともと、チョーヤ梅酒株式会社の社内ベンチャーとして私が立ち上げました。その後、京都と鎌倉への実店舗展開を経て2021年に、CHOYA shops株式会社として分社化しています。

テレビCMなどで高い梅酒の知名度を持つチョーヤ梅酒ですが、意外にも社員数130名(2022年8月時点)の従業員数なんですね!勝手に大手企業のイメージを持っていました…。

チョーヤ梅酒はテレビCMでのイメージもあり上場企業に間違われることも多いですが、実は創業者一族のオーナー企業です。日頃から社長と直接会話できるほどの距離感で仕事ができるので、梅体験専門店「蝶矢」の事業構想も直接私から社長に提案しました。

社内では新規事業が生まれやすい仕組みや社風があるのでしょうか?

社内での新規事業経験者は創業家を除くと私だけです。加えて、体験型店舗という新しい概念をどのように世の中に普及させていくかも私にとっては未知の領域への挑戦でした。

新規事業立上げのノウハウや知見もない中、梅体験専門店「蝶矢」はどこから着想を得たのでしょう。

私は新卒でチョーヤ梅酒株式会社に入社後、営業を経て約15年ほど工場勤務をしていました。営業から工場に移動した時に最も衝撃を受けたのが、工場に運ばれてくる10トントラックいっぱいの梅が自分の知る梅とは香りも大きさも全く異なることでした。

営業時代ももちろん、チョーヤ梅酒の品質には自信を持っていました。しかし、当時の私は「梅酒の作り方」は伝えることができても、原料である「梅」を知り尽くしていたかと問われると胸を張って答えられなかったんです。

まさに、梅一筋の経歴ですね!そこから、新規事業立案に至るまでのきっかけはなんでしたか。

チョーヤ梅酒のビジネスはBtoBtoBtoCのようにお客様の手に商品が届くまで、様々な卸先や店舗が媒介します。すると、当時の自分が得た梅そのものの魅力や、梅酒作りの楽しさをお客様に伝えきれていないのではと思ったんです。

そこから約10年の時を経て、梅の魅力を世の中に広めるためにお客様自身で梅酒作りの楽しみを直接体験できる店舗事業の計画を社長に相談したのがきっかけです。

社長さんはなんと…?

社長からは「好きにやりなさい」と言われつつ、「1人でやること」と「事業単体で収益化すること」の2つの条件を提示されました。

社内では前例のない新規事業に加えて、お一人での挑戦。私なら不安な気持ちになってしまいそう…どのようなお気持ちでしたか?

自分でも不思議ですが、不安はなかったです。自分の人生を後悔したくない気持ちと、梅に全てを捧げようという覚悟に突き動かされている感覚でしたね。

菅さんおひとりで新規事業を始めるにあたって、何から手をつけていいかわからなくなりませんか?

お客様に梅のことを伝えるためには、自分が梅のことに誰よりも詳しくならないといけない。そのために、梅農家さんへ弟子入りして1年間梅づくりを学びました。

「梅」の魅力や「梅酒作り」の楽しさを伝えることで「梅文化」を後世に残す、という事業ミッションも弟子入りしなければ気づけなかったことです。

弟子入りまでされていたとは…!その他、新規事業の準備で行ったことがあれば教えてください!

別業種の体験型店舗の調査はもちろん、外部の新規事業担当者向けサークルや経産省の起業家育成プログラムに参加しました。

また、飲食店のオペレーション業務を学ぶために1週間無償で働いたりもしました。たとえ新規事業が失敗してもやれることは全部やろうという心持ちでしたね。

その結果、晴れて京都に梅体験専門店をオープンされました!なぜ、1号店を京都に出店されたのでしょう。

京都は梅の文化にとって重要な場所だからです。平安時代、梅はお薬として使われるという文化が平安京を中心に発展しました。

梅体験専門店 蝶矢 京都店(蝶矢サイトより)

京都は不動産探しが難しいイメージがあります。京都店舗の決め手をズバリ教えてください!

1本1本全ての細い路地を歩き回って通行量を調査しました。加えて、京都の街でペルソナに近しい方にインタビューもしましたね。そこから定量的に店舗の立地や家賃相場を調査して決めました。

鎌倉店の出店時も京都店と同様のプロセスを経て決められたのでしょうか…?

もちろん、鎌倉店の物件も色んな場所でインタビューや立地調査を行いました。しかし、決め手はレイアウトの組みやすさですね。体験ブースとドリンクカウンターは分けて設置したかったので、正方形よりも長方形のフロアを選びました。

梅体験専門店「蝶矢」 鎌倉店の店内ドリンクカウンター

また、京都店は通りすがりで入店頂くのではなく、予約をされてから来店される方が多いです。そのため、大通りではない路地奥の立地でも問題ないという確信もありましたね。

そして意外なことに、鎌倉店は駅近なので京都店よりも通行量は10倍以上多いんです。だから、看板などで通行人に店舗を認知してもらう導線作りをすれば十分に勝負できると考えました。

梅体験専門店「蝶矢」 鎌倉店の入り口

「広告」よりも「広報」に注力。思わずSNSでシェアしたくなる仕掛けとは…?

緊急事態宣言下では先行きも不透明で、当時の予想よりコロナでの自粛期間は伸びましたよね…。体験型店舗を売りにしているにもかかわらず、対面を倦厭(けんえん)されるお客様も多かったのではないかと推測します。

そうですね。その影響もあってかコロナ期間に急ごしらえで作成したオンラインショップは約1カ月半で実店舗以上の売上を記録しました。一方コロナ禍が沈静化の兆しが見られる現在、店舗営業を再開してからは、コロナ禍前よりも多くのお客様に来店頂いています。

店舗の体験予約の倍率は10倍以上とお伺いしました!コロナ禍の店舗休業を経て、現在も高まる人気の秘訣はズバリなんだとお考えですか?

SNSや口コミで思わずシェアしたくなるデザインやディスプレイ設計を意識していたことで認知を広げることができたのではないかと考えています。コロナ期間中から徐々に拡散されていた印象はありました。

店舗のデザインも可愛くてインスタ映えするレイアウトですよね!SNSや口コミで拡散されやすくするポイントやこだわりの設計があればぜひ教えてください!

社長から提示された条件の1つ「事業単位での収益化」を目指す上で、広告ではなく広報への注力は必須と考えていました。特別な何かをしたというわけではなく、パブリシティの一環で様々なメディアに取り上げていただいたのはポイントの1つです。

梅シロップを作るボトルのサイズや、毎朝店舗スタッフが入れ替えている7日間で梅シロップができていく様子がわかる店内ディスプレイなど様々な場面でのデザインはこだわっています。

梅シロップが7日間でできることを知らない方も多く、来店された方は写真を撮ってSNSに載せてくれることが多いです。

梅体験専門店「蝶矢」 鎌倉店の店内梅シロップディスプレイ

拡散された後、仮にSNSでバズったとしても実際に購入や来店に繋がる割合は数%だと思います。体験型店舗「蝶矢」に来店予約が絶えない理由を菅さんはどのようにお考えでしょうか。

1度来店された方は、梅の様々な組み合わせを試したり、より希少な梅の品種を求めて再訪頂く傾向にあります。店舗で体験されてからオンラインショップでリピートして頂く場合もあれば、初回からオンラインショップで購入いただくお客様もいらっしゃいます。現在では、体験して頂いたお客様の約20%がリピートしてくださっていますね。

1度体験して終わりではなく、深みにハマっていくところに、「蝶矢」のこだわりを感じます!体験型店舗「蝶矢」をオープンしたことでの発見があれば教えてください!

店舗とオンラインのハイブリッドサービス「法人向けのオンラインサービス」が生まれたことです。

店舗だとキャパシティの問題で同時に梅酒作りの体験ができる人数に制限があります。しかし、オンラインであれば、100名規模の梅体験が可能になり、法人向けのオンラインイベントコンテンツの需要にも気づくことができました。

法人様限定の「オンライン梅体験」(蝶矢サイトより)

コロナ禍でオフラインイベントの開催が難しい中、オンラインイベントは新たな需要に繋がったと考えています。また、アフターコロナでも自宅から参加できることでお子さんとの参加需要もでてきており、今後も需要はなくならないと思います。

体験型店舗開店直後にコロナが直撃…1日でオンラインショップを立上げ!?

オンラインショップとオフラインの実店舗を上手に使い分けている印象の「蝶矢」。緊急事態宣言で休業を余儀なくされた京都店の売上補填のために1日でオンラインショップを立上げたと記事で拝見しました…!

はい。しかしコロナ関係なく事業計画を策定した時から、オンラインショップの計画は考えていました。

店舗で体験されたお客様が同じ梅を買うためだけに店舗に足を運んでもらうのはユーザー体験として好ましくないと考え、中身だけいつでもオンラインショップで購入できるようにする予定でした。

しかし、緊急事態宣言を受けてオンラインショップをやらざるを得ない状況になったので超特急で準備を進めました。

実店舗での「体験」という付加価値をオンラインショップで同等に体験してもらう難しさを感じるのですが、実際の反応はどうでしたか?

仰るとおり、物だけが届くと体験要素が薄くなる懸念もありました。しかし実際はコロナ禍という外的要因もあり、梅酒キットだけの販売でも想定以上の反響を頂きました。梅酒キット自体にこれほどの需要があるのかというのは発見でしたね。

しかし、オンラインショップ立上げはできても、その後の運営には課題も多かったです。そのため、当時集荷センターとして休業していた京都店を活用していましたが通常営業に戻すことと、鎌倉店のオープンも控えていたのでオンラインショップを一時的に閉める決断をしました。その後、約4ヶ月かけて改めてオンラインショップの整備を行った後、再びオープンをしました。

オンラインショップはリニューアルされているのですね!当時の課題について詳しくお伺いしたいです!

蝶矢店舗では、来店頂いたお客様に体験の満足度を5点評価したアンケートを実施していました。店舗の5点評価が平均80%に対し、オンラインショップは60%の結果でした。その結果を受け、すぐに店舗とオンラインショップの20%の満足度の差はどこから来るのかを調べ始めました

店舗では、梅酒のテイスティングをしながら様々な種類の梅から組み合わせを選んで頂きます。その梅の種類を迷っている時のお客様の表情が笑顔なことに気づいたんです。

そこから、当時のオンラインショップには「梅選びの楽しさ」を体験できるコンテンツがないのではという1つの仮説が出てきました。

梅を味と香りを探すチャート(蝶矢サイトより)

確かに、ありえそうですね!その仮説をどのようにオンラインショップに反映したのでしょう?

直感的に梅を選べるチャートから、400種類の梅酒をテイスティングした私が作るパーソナル診断コンテンツまで梅選びのコンテンツを複数用意しました。

加えて、更に詳しく質問したい方向けに公式LINEで相談窓口を用意しました。そしたら、1日に数件の相談が来るようになりました。

蝶矢サイト「蝶矢梅キットの楽しみ方」より

「わかりやすく」ではなく、あえて「迷ってもらえる」ように工夫するというのは面白いですね…!

オンラインショップのデザインも実店舗と同じトンマナに揃えているので、オンラインショップでも実店舗と同様の体験が出来るように工夫しています。

徹底した試行錯誤がオンラインショップでも実店舗と同様の満足度向上に繋がっていったんですね!当時は京都店の方で担っていた物流や配送周りについてもお伺いしたいです!

オンラインショップを始めた当初は、蝶矢梅キットのガラス瓶が割れたというクレームが発送分の3%で発生していました。お客様から割れたパッケージを返品してもらい調査したところ、瓶の中に入れて発送していた冷凍梅の内側からの衝撃で割れていることが分かったんです。

原因が分かってからは梱包方法を改善したり、パッケージの落下試験を何度も実施しました。その結果、今では配送時の破損によるトラブルを0件にすることができました。

良かれと思って実施したことが実はクレームの原因だったとは灯台下暗しですね。

他には、梅のピッキングミスですね。100通り以上もある梅の組み合わせを間違わずに梱包するのは至難の業でした。人為的に行っているからこそ、どうしてもミスが起きてしまいます。そのため、バーコードシステムを導入している物流会社に委託することで今ではピッキングミスをなくすことができるようになりました。

徹底した原因究明の姿勢が素晴らしいです!

コロナ禍で緊急でオンラインショップを立ち上げた経験が活きたと思います。

出荷時のオペレーション作業を1つ1つ時間を測っていたので、現在委託している出荷業務を別会社に依頼する際の見積査定もスムーズに行うことができました。

箱のサイズも80サイズではなく60サイズにガラス瓶が収まるようにしないと配送費用が多くかかってしまうのでパッケージのサイズも見直しました。また、出荷業務も梅の収穫時期の5~6月とギフトシーズンに繁忙期の波ができることも、最初からオペレーション業務を委託していたら自分たちでは気づくことができなかった貴重な経験です。

オペレーション業務1つ1つの時間を測るなど、菅さんの工場勤務での経験が活かされているエピソードですね!

オンラインショップの試行錯誤は年間30回!?オンライン体験向上のための飽くなき探求心

これまでのお話、菅さんご自身が行っているのでしょうか。

はい、社内のメンバーと一緒に試行錯誤で立ち上げてきました。

サイトの初期設計や改修はもちろん、広告周りについては全て独学でやってきました。その結果、これからやりたいことにリソースが割けない課題もあるので、これからは専門知識のある方に業務を引き継いでいきたいですね。

これからやりたいことは、具体的にどのようなことでしょうか?

お客様からのアンケート結果の分析はもう1つレベルを上げていきたいですね。良いところも未熟なところも丁寧に書いて頂けるので、どのように活かしていくかの議論は重ねていきたいと考えています。

特に、オンラインショップは、日々課題発見と修正の繰り返しなんです。カスタマーサポートに頂いたお問い合わせを基に、仮説検証を毎月繰り返しています。

菅さんの課題発見力の高さが伺えるエピソードですね。オンラインショップで直近で改修した部分を教えていただきたいです!

複数のお客様から日時指定ができないという問い合わせを頂いており、要因を分析した結果、カートに商品を入れてから決済画面に進む際の画面の立ち上がりの2~3秒が原因である可能性に気づきました。

オンラインショップでは商品到着の日時指定をされる方が多いです。今まではカートに商品を入れてから決済画面に進む途中で日時指定の画面が表示される仕様でした。しかし、画面の切り替わりの2-3秒の間に日時選択に気づかずに次のページに進んでしまうユーザーが多いのではと考えました。

蝶矢オンラインショップのカート画面

そのため、カート画面のCTA(Call To Action)のボタンを「次に進む」から「確認して次に進む」に変更することで画面切り替わりの2秒を待っていただけるかを検証しているところです。

たかが2秒、されど2秒ですね…!

また細かいですが、住所記載での部屋番号洩れを防ぐために入力の文言を変えるなど年間に20〜30箇所の試行錯誤をしていますね。

蝶矢オンラインショップの住所入力画面

華やかなイメージを持たれることもあるEコマース。しかし、こういう細かい部分が実はとても大事ですよね。

そうですね。月に1-2件でも、積み重なれば年間20-30件になります。1つ1つの細かい改善がオンラインショップ全体のユーザー体験の向上と売上に繋がると考えています。

菅さんの「梅体験」への飽くなき探求心と「蝶矢」の今後の展開が楽しみです!貴重なお話をありがとうございました!!

編集後記

「さ~らりとした梅酒♪」でお馴染みのチョーヤ梅酒。誰もが1度は耳にしたことのあるCMソングと認知度の高さの中、なぜあえて「体験型店舗」を選んだのか?そして、そのきっかけになった原体験は何なのか?

農家へ弟子入りし、梅産業の深刻な後継者不足を肌身に感じたと話す菅さん。梅体験専門店 「蝶矢」を通して、梅の需要を創り出し「梅文化」を後世に残したいという想いをインタビューを通じて強く感じました。

事業立ち上げ期やコロナでの休業を目の当たりにしても「不安はなかったです」と語る姿に、梅への愛とビジネスへの強い覚悟を感じました。

そして、コロナが終息をみせている現在も予約の絶えない人気店であり続ける背景には、徹底した原因究明による課題解決とオンラインショップと実店舗の垣根をなくすストレスレスなオンライン体験があるのではないでしょうか。素敵なお話をありがとうございました!

文 :木下 みはる
編集:杉山 美和
写真:関 大二郎

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