変わらない原理と、変わりゆく市場環境。Eコマースという船を乗りこなそう。コマースデザイン株式会社代表 坂本悟史さんに聞く、今だからこそのEコマースの無限の可能性

コマースプラス(commerce+)は編集長自身が過去にショップ店長としてEコマースを運営した経験から立ち上げられた株式会社フィードフォースが運営するメディアです。「商品選定&開発、モールか独自ドメインか、外注か内製か、カート選び、ロジスティクス、マーケティング、キャッシュフローなどなど、自分が躓いた箇所は他の誰かも躓いているはずだ」そんな思いがメディアとなりました。Eコマースに携わるショップ店長にフォーカスし、あんなことやこんなことを聞きだしてEコマースに関わるすべての人々のお役に立てるメディアを目指します。

そんなコマースプラスですが、初回に登場して頂くのはショップ店長ではなく、長年、数多くのショップ店長さんの相談役として大活躍され、手掛けた著書「売れるネットショップ開業・運営 新100の法則(通称:黄色本)」はショップ店長の必読書と呼ばれるレベルのベストセラーになっている、コマースデザインの創業者、坂本悟史さんに取材させて頂きました。創成期からEコマースに携わり、昨今の状況を経て、今何を思うのか?

坂本悟史さん

楽天株式会社にてECコンサルタントとマーケティング業務を長年担当。ネット上でのヒット商品・人気店舗を多数輩出した後独立し、2008年に、 中小規模ネットショップの支援に特化したコンサルティングを行う為にコマースデザイン株式会社を設立。

2020年、コロナ禍でのEコマース事情とは

早速ですが、2020年は言わずもがな波乱の年だったと思います。コロナウイルス流行によって、実店舗での集客だけでなくEコマースにも力を入れる企業が増えてきたのではと思います。坂本さんから見て、コロナ禍でのEコマース事情はどのように変化したか、お伺いできますでしょうか?

坂本悟史さん

昨年対比150%くらいで拡大し続けしている、というのが、僕たちから見えている風景です。実際、Eコマースのコンサルティングサービスへのお問い合わせも「これからEコマースを始めてみたい」「これからEコマースに本気を出したい」と多くのご相談が来るようになりました。ご相談の種類も、ライトなものからこちらが頭を悩ませるようなものまで様々ですね。

やはり、Eコマースを始める方は増えているんですね。

坂本悟史さん

そう思います。

一方でお客さんの方にも面白い変化があって、初めてEコマースを使うようなユーザー層も増えているようです。「どうやって買えばいいですか」「さっき商品を購入したのですがいつ届きますか」といったお問い合わせが上がってくることも多かったとか。

なるほど!確かに、外出がためらわれる世の中になったことで、初めてEコマースを利用するユーザーも増えているというのは納得です。となると、コロナ渦でのEコマースにもまた違った難しさがありそうですね。

坂本悟史さん

そうですね。やはり、できることが制限された生活の中で需要が落ち、売上を作っていくのが難しい商材というものはどうしても存在します。特にコロナ関連ではこれが顕著で、スポーツ系、イベント・セレモニー系などの外出や人が集まることと関連する商材は厳しい状況だったのではないでしょうか。

なるほど……厳しい商材を取り扱うEコマースでも苦しい状況を切り抜ける方法はあるのでしょうか?

坂本悟史さん

分かりやすい例で言うと、マスクの販売などですね(笑)マスクの供給が追いつかなくなっていた春頃は、マスクを仕入れる、もしくは作って売る、という型がありました。ただ……マスクの特需については、後から供給が追いつく形になりましたよね。こういう場合の引き際の見極めは難しいです。タイミングを見誤ると、在庫を抱えることになりかねない。こういう「切り抜ける」型での対応策には、本来売りたいものではないものを売る、というものが多いです。

マスクはとても極端な例ですが、他にも様々な形があります。例えばスポーツのEコマースで、本来はスポーツの関連商品を売りたいが、より日用品よりのプロテインに力点をおいて売っていくといった事例もありました。他にも、本来実店舗の飲食店に卸していて売れ残ってしまった食材を詰め合わせた「復興福袋」と題した商品も良い売れ行きでしたね。

生き残るために本来売りたいものではないものを売るかどうかという問題は、坂本さんが年始のブログで書かれていた「主観的成果」に結びついてくるように思います。

「主観的成果」でも目標設定してみる

じゃあ主観的成果をもっと大事にして経営するには、どうすればいいか。ちょっと言い方を変えて「良い感じ」という言葉を使って話を進めてみます。

経営を「良い感じ」にしたい。そう考えたら、収益は重要です。儲かってなかったら「良い感じ」ではないですよね。

じゃあ儲かってさえいれば「良い感じ」といえますか?違いますよね。幾つかの要素があるはず。そこを言語化したほうがいいかもなと。

さきほど書いたような個人的な「やってて楽しい」「忙しすぎない」「夕方にビール飲める」も「良い感じ」の要素です。人によりますけどね。

他の要素としては「取引先との良好な関係性」「市場規模は小さくても競争が少なくて業績安定」とか大事ですよね。「お客さんが喜んでる」「スタッフもそれがうれしそう」「最先端に関わっている」「地域の○○に貢献できている」とかね。コレも人によりますけどね。

参考:変化の時代だからこそ、「不変」でありたい 2021年のEC業界展望 #4

例えばマスクを仕入れて売るように、本来のやりたいこととは違うけれど、ショップの存続には必要な商売ばかり続けていると、心が疲弊してしまうと思うんです。やはりその意味では、好きなことをして「いい感じ」に経営できるのが一番だなと……。

坂本悟史さん

はい、本当にその通りですね。

実際「いい感じ」にできるように、ただマスクを売るだけではなく、そこに自分のしたいことをかけ合わせる、という向き合い方をした例もあるんです。

あるショップさんでは、特別なデザインを施したマスクを作って売る、ということをされていました。エンタメ要素の強いEコマースでは、マスクに笑える柄をつけたり、「そういうものなら好きだから」ということで。

なるほど。売れるものとやりたいことの間を取るような方法ですね。折衷案を探して折り合いをつけながら、やりたいことを見失わないようにしたいですね。

坂本悟史さん

はい。プライベートとEコマースの両立は、本当に真剣に考えて良いテーマだと思っています。

Eコマースの可能性を最大化するために必要なのは、未来への投資

コロナ禍でEコマースがうまくいくかどうかは商材に左右される面が大きいとのことでしたが、コロナウイルス流行以前からも「うまくいくEコマース」と「うまくいかないEコマース」に明確な差はあったのでしょうか?

坂本悟史さん

実は、コロナ以前から僕が感じている「うまくいく/うまくいかない」の要素はずっと同じで、明確なんです。うまくいかなくなりがちなのは、商品が売れだして忙しくなっても、ずっと「売る」ことばかりを続けているEコマースですね。

どこかで仕事を効率化する、人員を補充して業務の移管をするなどの調整を加えないまま走り続ける。そして業務が徐々にパンクしてきて、ポテンシャルが最大限だしきれなくなり、うまくいかなくなる……というパターンはよく見ます。

やっぱり、中長期を見極めた投資というものは大事じゃないですか?例えば型番のある商品を取り扱っていたりするのであれば、物流のシステムに投資をするとか、商品Aの売上が頭打ちになってきたら商品Bに注力していくとか。投資先が人材なのかシステムなのか企画なのかは場合によりけりですが、タイミングの判断を後回しにしてしまうとなかなか取り返しがつきません。

コンサル側としては、やはり成果が落ち始めてから依頼が来るケースが多いですね。

なるほど。お尻に火がついてから気づくけれど、察するにそれだと少し遅いですよね。

坂本悟史さん

まあ、それでも僕たちコンサルは頑張るんですけどね(笑)。

それに、やっぱり痛くなってからでないと危機感というものは持ちづらいものだと思います。落ち始めて気づく人でも、その前に気づく人でも、本人的になにか痛みを感じてこそ対処に乗り出せるものなんじゃないでしょうか。

その痛みに気づいたときに、いかに素早く動けるかが大事ですね。

実店舗とEコマースでは売れる商品が違う?Eコマースで新たに生まれる価値を見逃さないために

実店舗経営をしている店長さんが新しくEコマースを始めることもあると思います。実店舗を持たれている店長さんがEコマースに参入するにあたってヒントになりそうなことはあるでしょうか。

坂本悟史さん

これは10年前からお話しているあるあるなのですが、「実店舗とEコマースで売れる商品が全然違う」ことは往々にしてあります。

例えば、地方で靴を販売していたお店が、新しくEコマースを始めた例です。店舗ではスポーティーなスニーカーが売れていた一方で、Eコマースで何が売れているかと見てみると、なんと安全靴の売上がダントツで人気商品だった……といったように。

ええ~~!!それぞれ本当に全く別物の商品なんですね?そんなによくあるお話なんですか?

坂本悟史さん

もちろん、必ず全部が全部そうではなく、実店舗とEコマースでの売れ筋商品がほぼ同じお店もあります。ただ、全く違う商品がそれぞれで売れているというお話を聞く機会が多いことも事実なんです。これには、実店舗よりもEコマースの方が商圏人口が多くなることが影響していると思います。

商売の原理として、商圏人口が少ないと汎用的な店が求められ、商圏人口が多いほうがニッチ商品が売れやすくなります。人口の少ない田舎の飲食店は幅広い需要を満たしたほうが商売しやすいですが、人口と競合の多い都会の飲食店は尖っているほうが商売がしやすいです。

例えば、カメレオンを飼っている人のための実店舗があるとします。そんな実店舗が地元にあっても、多くの人は行かないですよね。でもこれがEコマースとなれば、日本中のカメレオンを飼っている人が利用できるEコマースになります。

街中でたまに見かける、ほとんど人が入っているのを見かけたことがない熱帯魚屋さん的な?

坂本悟史さん

はい、あれもその手の一種ですね。Eコマース市場は商圏人口が多いため、実店舗と比べて競合が極めて多いですが、だからこそニッチが売れやすくなります。実店舗ではニッチ過ぎるようなお店は、意外とEコマースが向いていたりします。

実店舗向けに構築してきた企画やインフラ、人員などがEコマースに全く同じ価値でコピペできるものかというと、そうではないんですよね。中にはなんの価値もなくなってしまうものや、逆に価値が高くなるものも出てくる場合があるでしょう。その観点を持っておくことはまず第一に必要なものだと思います。

なるほど……。こういった売れやすさの違いが事前に分かれば戦略も立てやすいだろうと思うのですが、ある程度予測を立てることはできないのでしょうか?

坂本悟史さん

そうですね。経験則的にもこればかりはやってみないとわからないものだと思います。運営しながら、その変化を素早くキャッチすることが何より大事だなと感じます。生まれる新しい価値を見逃さないために必要なのは、観察を続けることです。

「イノベーションは知らないうちに起こっている。そのイノベーションを見逃さないことが大切」

坂本悟史さん

これはドラッカーの言葉の意訳になりますが、意識すべきポイントだと思っています。

Eコマースでこの商品をブレイクさせる!来年の今頃はこういう結果にしたい!というような目標を持つことも大事ですが、目標に忠実になりすぎるとイノベーションを見逃しがちになることにも注意が必要ですね。

そういう意味では、見つけた価値に対し、いい意味での節操の無さ・柔軟性をもって臨機応変に対応できると、成功へ近づきやすくなるのではないでしょうか。

Eコマースは船のようなもの。動力はモールに吹く風か?自社サイトのエンジンか?

気軽にEコマースを始められる場としては、BASEやSTORESなどの簡易的なEコマースのプラットフォームが増えてきています。こういったサービスについて坂本さんはどのようにお考えでしょうか?

坂本悟史さん

そうですね、気軽に初められるEコマースづくりを体験するにはいいプラットフォームなのではないかと考えています。ただ、「これらのプラットフォームを使えば必ず成功できる」というようなサービスだと考えるのは少し早計な気がしますね。

これはたとえ話なのですが、BASEやSTORESなどのプラットフォームを用いたEコマースは「エンジンがないと動かない船」みたいだと思うんです。蒸気船とか汽船のような。

「エンジンがないと動かない船」……ですか?

坂本悟史さん

はい。Amazonや楽天などのモールに出店をする場合と比較するとわかりやすいかもしれません。あちらは、膨大な人が利用するので、ユーザーが検索して目に止まる機会も自ずと多くなります。モールを常に風が吹いている海だと考えると、出店し、うまくモール内の需要を拾えば、つまり風向きを見極めて帆を張れば、売上はいい感じに動いていくんです。

一方で、自分でプラットフォームを用いてお店を開く場合には、わざわざユーザーに本店を選んでもらわなくてはならない。つまり、周りに風が吹いていないので、自力でユーザーを獲得して売上を作っていくためのエンジンがないとまともに動けないんです。そのエンジンが商品自体の価値なのか、顧客提供価値なのか、自分で掲出する広告なのかはそのEコマースによると思います。

モールは昔デパートに例えられていましたよね。人通りの多いデパートに出店するようなもので、勝手に人が入ってきてくれるというような。ただ、今だと風という例えのほうがよりイメージをつかみやすいと感じました。

坂本悟史さん

そうですね。ここで大事なのは、動力の違いだと思います。モールに出店するお店を船に例えるなら帆船です。一方で、モールに頼らないお店は動力船。いくら帆が大きくても、風がない海に来てしまえば少しも動けないですよね。

実店舗とEコマースの違いのように、モール出店とBASEやSTORESなどのプラットフォームを用いたEコマースも前提が全く違うんです。モールでうまく行っているからBASEでも絶対うまくいく、というふうな単純なお話ではないところが難しいですね。そこを理解してどちらの船に乗っていくべきか考えることが大事だと思います。

変わらない「原理」×変わりゆく「市場環境」=Eコマースのトレンド。更に現代は”面倒にお金をかける時代”

坂本さんが黎明期からEコマースの世界を見てこられて、時代の変遷とともに、変わらないものと変わったものを教えてください。

坂本悟史さん

一言で言うなら、変わらないものは「原理」、変わったものは「市場環境」だと思っています。昔から、Eコマースでものを買う、もしくは売ることに関わる「原理」はあまり変わっていないんです。ものを買う場合は、検索などで目的の商品を探して買う。売る場合は、その商品を買う意味を訴求したり、他社との比較優位性を訴求することでアピールする。

一方で、商品のEC化率の向上によって「市場環境」は大きく変わってきたと思います。昔は商品のEC化率が低く、ネット上にある商品の種類が少なかった。裏を返せば、競合が少なく、商品をネットにおいておけばそれだけで買われた時代だったのです。ものを売る側はいかに商品を早く登録するかがポイントでした。これがだいたい2000年代までのお話です。

また、現在はもはやありとあらゆる商品がネット上にあることは当たり前になっていますよね。ユーザーは数多あるお店から商品を選ぶ理由を探すようになります。

これは僕のブログにも書いたことですが、「買いやすさ」だけではAmazonの圧勝でした。しかしより最近では、「買いやすさ」のみではなく、「サポートの充実度」「固有性」「ストーリーへの共感」などの+αの価値が見られるようになってきていると思うのです。

Eコマースの世界は、常にこれらの変わらない「原理」と変わっていく「市場環境」がかけ合わさって生まれる事象の連続で動いているものだと考えています。その中で、結果としてベストとされる戦略や施策、Eコマース自体の世界観の変遷が生まれていく。

ここを見ずに最終的に現れる結果ばかりを見ていると、判断を誤ってしまうこともあるのではないでしょうか。「原理」の理解と「市場環境」への解釈があって、その結果こうなっているんだ、ということを常に関連付けながら理解していきたいものですね。

そうやって現在の構造を理解しながら、さらにちょっと先の未来まで見えればいい、ということですよね。

坂本悟史さん

まあ、妄想ではありますけどね(笑)。

そういう視点で見てみると、今の世の中全体で私が感じるのは「面倒」にお金をかける時代になってきたな、ということです。コロナ禍でもキャンプが流行ったりしましたよね。本来ならホテルや旅館に泊まったほうが楽なのにそうしない。もちろん人と集まりづらいという情勢も後押ししたとは思いますが、わざわざ食料を調達して、火をおこして料理して……という面倒そのものを楽しんでいるように見えます。便利が溢れているからこそ面倒が逆に快適なんだ、ということにみんな気づいてきているんじゃないかな、と思うんです。

坂本悟史さん

わかります。僕もその意見に賛成です。言い方が少し難しいんですが、より人間の身体性が開放的になってきているように思います。身体性というのは、人間の感情などを含む人間の身体が持つ性質のことです。便利さやコストパフォーマンスを追い求めるデジタル的なものと対極にある性質、と考えるとわかりやすいかもしれません。

「なんだかわくわくする」とか「なんだか嫌だ」と感じるような、内面からあふれるものにどんどん人間が素直になってきているように思うんです。その中に、「テントを張るってなんか楽しいよね」「料理って好きかも」「おなじところに押し込められるのはなんだか嫌だよね」といった感情があって、キャンプの流行に繋がったり……ということもあるのではないでしょうか?

そのアンテナは年々敏感になっていて、みんなで一緒に我慢する時代から、より素直に自分の感じたことをカミングアウトする時代に移行してきているんだと思いますね。

「素直になる」ということはまさにおっしゃる通りですね……。素直になることが推奨されて且つ、異を唱える人が糾弾されるような世界にもなってきていると思います。

勝ち方に答えがないということは、無限の可能性があるということ

ちなみに、現在はEコマースに商品があることは当たり前で、+αの価値が見られるようになってきているという動きが「原理」×「市場環境」から生まれた現在のEコマース世界の動きでしたよね。この+αの要素が重要視されていくEコマースの世界の更に未来ではどう戦っていくべきなんでしょうか。坂本さんはもう一歩先の未来について、なにかお考えをお持ちですか?

坂本悟史さん

う~~ん……ちょっと難しいですね……。そうですね……「ケースバイケース」というと答えになっているようでなっていないんですが……。

商品によって、比較基準は違います。例えば母の日のプレゼントひとつとっても比較基準は様々で、高価に見えるかというのもあれば、毎年のプレゼントでマンネリ化していないか、笑えるか、かわいいかなど色んな基準がありえます。

一方で利便性重視のものであれば、早く届くかとか、在庫がたくさんあってすぐに購入できるかなどが重要視されますよね。なので、企業によって継続的に他社に勝ち続けるポイント、つまり「持続可能な競争優位性」は何か?という問いに対する回答は様々なんです。

逆に、全ての企業に普遍的に活用できる解を示そうとすると、どうしても最大公約数的になって抽象度がぐんと上がってしまいます。

なるほど、難しいですね……。

坂本悟史さん

ただ、この質問に対する回答が「ケースバイケースです」ではちょっとよくないので……もう少し考えてみましょう(笑)。

まず、「持続可能な競争優位性」が必要そうであることが1点。且つ幸いなことに、パワーゲーム以外の戦法で競争優位性を獲得できる可能性があることもわかってきました。Amazonや楽天などの「便利さ」以外が重視され始めていることは、先程のキャンプのお話などからもわかると思います。

パワーゲーム以外の手法としては、たとえば顧客との関係性や、インフラの充実などがあるでしょうか。理念やストーリーに共感してくれた顧客がリピートや輪の拡大をしてくれるとか、優秀なデザイナーがたくさんいるのでどんどん新商品を出せるとか。

この「持続可能な競争優位性」を作っていくことはそのままブランドを作っていくことに繋がってきそうですね。

坂本悟史さん

そうですね。このブランディングがとても難しくて怖いところです。

怖いところ、ですか?

坂本悟史さん

「ブランディング」や「ファンマ―ケティング」という言葉を聞くと、はは~~!と五体投地したくなりませんか?(笑)それっていまキてるやつだよね、正しいっぽいやつだよね!って(笑)。

た、たしかに……!よく聞く言葉ですし、これができればいいというような安心感もあります。

坂本悟史さん

そうですよね。でも、貴方にとってのブランドとは?ファンとは?と聞かれると、途端に雲を掴むような感覚に陥ってしまう人が大多数だと思います。抽象的なブランド・ファンなどの概念を、いざ自分のEコマースに落とし込もうとすると、具体的な形容が難しいんです。

成功し続けるために、他社と比較されても尖った魅力を出せるようになりたい。そのための手段としては、顧客との関係性やインフラの整備などで競争優位性をつくる必要がありそう。しかし、競争優位性を定義していくためにはより具体的なブランディング・ファン獲得などが必要になってくる。

この具体と抽象の行き来が、一番難しいところではないでしょうか。世の中のメディアは「これからはブランディングだ」「これからはファンマーケティングだ」と断言するものが多いと思います。

ただ、今回のメディア『コマースプラス』では、店長さんにフォーカスを当てられるとのことなので、それはすごくいいな、と思ったんです。僕たちも似たテーマを持っているので。だからこそ、安易に抽象化された答えだけを提示して終わりたくないですよね。答えではなく問いを見つけていくようなことができると良いのかな、と思います。

みんなに共通している問いを見つけることができれば、「ケースバイケース」に沿った考え方がしやすくなるんじゃないでしょうか。

ありがとうございます!
坂本さんのお話を聞いて、数年前に河野武さんの最愛戦略という考え方を見たときのことを思い出しました。

要旨としては、「最高・最安・最愛の3つしか、これから残る商売はない」「そのなかで中小が残っていくには『最愛』である」といった内容で、ものすごく正しいと思ったんです。今思えばもう6年前に今の時代を予言していたなと凄みを感じます。

ただ、ものすごく正しいと思った反面、「じゃあどうやればできるの?」というものへの解は非常に難しかった。愛されることが大事なのはわかるけど、その先でどうすれば良いのかというのはそのお店それぞれに異なるからなんですよね。当然の話なんですが。

提示された実例はあってもそれはその企業特有の対処方法なので、他の企業は鵜呑みにすることはできなかったんですよね。「答え」を提唱することそれ自体は間違いではないし固有の価値があるけれども、今のお話を聞いて、その先の「ではどうやって実現していこう」という問いが欲しかったのかもしれないと思いました。

実際、他の企業が真似できないから独自性なのであって、他所から持ってきたものをそのままコピペしてしまえるものは独自性にはならないですよね。真似したいけど、真似できないからこそ独自性たり得るという構造的な問題もあるように思います。

坂本悟史さん

中小企業が勝てる余地がEコマースにもある、ということがわかった一方、その勝ち方は本当にケースバイケースで、真似をすることが難しいんですよね。もし100通り勝ち方があるのであれば、この『コマースプラス』ではその100通りの勝ち方を紹介していくことで、「これだけいろんな方法があるんだ」ということを発信していけるメディアにできると良いのかなと思いました。

なんだかコンサルして頂いているみたいでありがとうございます(笑)いいメディアにしていきます!そういう意味で、本日の坂本さんのインタビューでは、『コマースプラス』の初回記事として、まさに象徴的なお話をお伺いできたように感じています。

坂本悟史さん

ありがとうございます。なにかひとつの答えがあれば全ての問題が解決する、という方はもしかしたらがっかりされるかもしれないですよね。ただ一方で、答えが企業によってたくさんあることは希望でもあると思うんです。

しかも、「SKU命」で商品点数だけの競争なら当然Amazonの一人勝ちですが、今はそういう時代ではない。数人で、もしくはたった一人でEコマースを持っているとしても、アイデアの出し方次第で勝っていける時代なんです。

一つの答えしかないのであれば、できるかできないかで生きるか死ぬかが決まってしまう。 むしろ引き放題の宝くじというようなイメージで、楽しんでいい商売人生を送る方法論を見つけていける世界のほうが楽しいですよね。

 

 

編集後記

取材を通して、坂本さんが覗かれている双眼鏡の中の景色を見せてもらっているような、地図を片手に旅の仕方を丁寧に教えてもらっているような、そんな不思議な感覚の中にいました。

坂本さんの穏やかさ、深く広い分析、豊富でわかりやすい具体例すべてをもってわかりやすく解説頂いたためだと思います。このわかりやすさこそ、Eコマースの動きを第一線で見られてきた坂本さんの凄さそのものなのだと感じました。

インタビューの中で特に心に残ったのは、やはり「答えが企業によってたくさんあることは希望でもある」という坂本さんの言葉です。

お話を聞きながら、やっぱりEコマースって難しいんだ、一朝一夕ではいかないんだと頭を抱える思いでいましたが、この一言で一気に視界がひらけたような感覚があったことを覚えています。決して具体的な解決策ではないけれど、視点や考え方を変える・Eコマースを楽しむ「問い」ではないでしょうか。今後もずっと心の真ん中に置いておきたい言葉だと、染み入るように思っています。

インタビュー、文:松本 涼花
写真、編集:阿部 圭司

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