メンズコスメ「HAUT」はなぜ、単品通販の“定石”を打ち破るマーケティング戦略をとれるのか

加藤 潤一さん

2011年、CARTA COMMUNICATIONS(CCI)に入社。デジタルマーケティング事業全般を展開する同社にて、デジタル広告全般のメディアプランニング、運用型広告など幅広い業務に従事。その後、企業のEC戦略をトータルで支援するサービス「Commerce Container」のサービス責任者として、2021年に自社D2Cブランド「HAUT(オウ)」を立ち上げ、ブランドマネージャーを務める。

メンズコスメ「HAUT(オウ)」がセレクトショップに卸す理由

主力であるEコマースのコンサルティング事業を行う傍ら、自社D2Cブランドとして立ち上げたメンズコスメ「HAUT(オウ)」はいわゆる“業界の常識”を打ち破るマーケティングが話題として取り上げられています。本日は、「HAUT」を0から立ち上げた経緯から商品づくりのこだわりまで色々とお伺いできるということで、楽しみにして来ました!本日はよろしくお願いします!

緊張しますね…本日はよろしくお願いします。まず、「HAUT」立ち上げは、当社の主力事業であるコンサル事業や広告の事業の理解を深める課題に対して、自分たちで物を売ることが何にも代えがたい経験になるのではということがきっかけでした。

立ち上げに際して、社内にはジェルネイルやバスボムなど様々な事業案がありました。しかし、ニッチ過ぎる商品では本業のコンサル業への還元が難しくなるため、ある程度の市場規模感で販売数が見込める商品を検討していたんです。

そして2021年の立ち上げ時期は当時、某メンズコスメブランドが芸能人をCMに起用し話題になっていた頃でもあり、メンズコスメ市場の注目度も高まっていましたためメンズコスメをD2C事業として立ち上げることになったんです。

「メンズコスメといえば!」某ブランドの名前が第一想起で出てくるほど話題でしたよね。

そうですね。加えて当時はコロナ禍真っ只中でもあり、どの分野のEコマースの売上も伸びている状況でした。そのため、市場調査はほどほどに、自分の興味ある領域で熱量を持って取り組めることを大事にしていました。

支援者と事業者の両方の立場を経験したからこそ、どれだけプロダクトを好きになれるかはとても大事なポイントだと考えています。仮に、市場のシェアを取りに行く目的から逆算すると、どこかで無理をしないといけない場面も出てきます。もちろんどちらが良い悪いという話ではなく、こだわりを突き通すのも事業者として必要なことだと実感しました。

何かを始めるきっかけとして熱量はとても大事な要素の1つですよね。その点、「HAUT」は2021年にグッドデザイン賞を受賞するなど、一般的なD2Cや通販商品の見せ方と少し違う印象を受けます。ズバリ、HAUTが支持される理由についてどのようにお考えられていますか。

おっしゃるとおり、一般的な通販商品の売り方は行っていません。

もちろん、HAUTのブランド立ち上げ当初は単品通販のような販売戦略を考えていました。しかし、コロナ禍の収束とともに、消費者の求める体験価値もオンラインからリアルな体験を求める動きに変わっていきました

その結果、HAUTのデザイン性も相まってメンズコスメよりはインテリアなどライフスタイルの一部としての需要が高まっていきました。そのため、リアルな空間で直接お客様に触れていただく場でもあるセレクトショップなどの実店舗への卸販売の方が、オンラインでの販売と比べてうまく機能したのだと思います。

画像引用元:「HAUT」公式Instagramより

HAUTのInstagramのフォロワーさんにデザイナーが多い印象があったので、今のお話にとても納得しました。

おっしゃるとおり、これほどまでにデザイナーに受け入れられるプロダクトになったのも実際に手を動かしながら気づいたことです。
そのためHAUTの場合、メンズコスメとして量販店やドラックストアの棚に置くよりは、ライフスタイル系のショップに置いてもらうことでプロダクトの世界観にも繋げられるように販売店舗を選定しています。
私たちも素人なりに色々と手探りな部分も多く、結果論ではありますがリアルへの原点回帰の流れはHAUTに限らず多くのEコマース事業者さんにも共通する時流の1つではないでしょうか。

世界観につなげる販売場所の選定とおっしゃっていましたが、HAUTにおける世界観についてもう少し詳しくお伺いしたいです。

世界観というと抽象的ですが、世界観を通じてビジュアルコミュニケーションを行っているイメージです。

HAUTのInstagramではエンゲージメントやカスタマーサポートのような関わり方よりは、HAUTの世界観を表現できる場にしたいと考えています。
そして、ビジュアルコミュニケーションを通じて、暮らしの中にHAUTがあることでの発見や様々な体験価値を提案していく中で、HAUTを使ってみたいと思うきっかけになればいいなと。

世界観づくりに関連して、HAUTはインフルエンサーマーケティングにも力を入れられていますよね。インフルエンサーさんの選定で意識されていることはありますか?

HAUT立ち上げ当初は、HAUTを使ってほしいフォロワー数十万人のインフルエンサーさんをリストアップして、インフルエンサーマーケティングを行いました。しかし結果は、かなりの予算をかけて実施したものの、直接の購入に繋がっている効果を実感できませんでした。

今となっては当たり前のことなのですが、数十万のフォロワー数を抱えるインフルエンサーさんがおすすめしたからといって、なんでも売れるわけではありません。インフルエンサーさんには、それぞれに専門領域があり、その領域に詳しい人がおすすめしていることが、説得力になりモノが売れると改めて気付かされました。

だから、HAUTのInstagramも無闇やたらにフォロワーを増やす必要性を今は考えていません。引き続き、HAUTを選び続けてくれている、いわゆるエンゲージメントの高いフォロワーさんがいる状態をこれからも作っていければと考えています。

理想の購買導線とは? オンラインとオフラインの上手な使い分け

実店舗での販売も多いとのことですが、実際の購入ルートはオンラインとオフラインとではどちらが多いのでしょう。

モバイルからの流入が約8割を占めます。オンラインやオフラインを問わずに表現している世界観に共感したお客様がその場で購入していただくのが理想ではありますが、店舗は認知としての役割が大多数で、大半のお客様は店舗で見て検討された後に、オンラインで購入いただくことが多いです。

直接購入を促すというよりは世界観を重視したコミュニケーションというお話もあったように、一般的な単品通販とは異なる販促のアプローチですね。

もちろん、HAUTも販売当初はInstagram広告を活用し、購入を目的とする広告配信を行い、ROAS(費用対効果)を見ていました。しかしある程度、広告配信をすると費用対効果のラインも見えてくるので、現状のオンラインでの売上ラインを2〜3倍に大きくしていくよりは、現状の獲得効率を維持したまま、オフラインでの販売を強化していく方針に舵を切りました。
それはオンラインをおろそかにするという意味ではなく、定期購入やリピートのお客様はAmazon経由での購入に誘導するなど、販売チャネルごとに導線を考えています。

自社のオンラインショップではなく、Amazonに定期購入のお客様を誘導しているんですか?斬新ですね…!

初回購入は自社のオンラインショップで購入してもらうことが多いです。しかし、2回目以降のリピートのお客様は空になったから明日「すぐに欲しい」需要も多く、Amazonで検索して再購入いただくことも多いです。

Eコマースを始められた事業者さんの場合、認知の観点からまずは楽天やAmazonを代表とするモールから始めて、最終的にモールに頼らずとも自社のオンラインショップで完結させたいと思われる方も多い印象です。そこを、あえて逆のアプローチをやられている理由はなんですか?

使い慣れたモールであれば、検索画面からすぐにカートに入れられ、ワンクリックで登録しているクレジットカードで決済できたりするなど、1つ1つ小さなUXの差が積み重ねられた結果、モールから自社Eコマースに誘導する難しさもありますよね。どちらが良い悪いという話ではなく、双方にメリットとデメリットがあります。

例えば、自社Eコマースで完結できているのであれば、無理にモールに広げなくても良い場合も多いです。一方、モールであればSEOの効果を期待しやすかったり、広告を配信して認知につなげやすくなります。つまり、目的によって使い分けるのが理想だと思います。

Eコマース事業者さんが抱えるお悩みに関連して、在庫管理についてもお伺いしたいです。販売できるチャネルが増えれば増えるほど在庫管理も大変になると思ったのですが、HAUTではどのように管理されているのでしょう。

需給予想はとても難しいですよね。在庫はなるべく持たないように、需給ラインギリギリの個数で管理をしています。

稀に、予期せぬ需要の伸びにより欠品してしまうこともあるのですが、入荷した時は従来以上に売れることもあったり、HAUTを待ってくださっているお客様がいることを実感します。

しかし、Amazonなどのモールは欠品状態が続くとSEOの順位が下がってしまうこともあるので、なるべく在庫を切らさないように、自社のオンラインショップから在庫を移動させるなど工夫をしています。

限定生産のアパレル商品のようですね。

そうかもしれないですね。しかし、HAUTは化粧品なのでアパレル商品のように受注生産は難しいと思います。なぜなら、スキンケア商品は「待つ」商品というよりは、「今」欲しい人の需要が強いと思うので。

こだわりのデザインだけではない。“期待値”と“満足度”の間に生じる差分の調整

HAUTが一般的な単品通販の売り方とは異なる入口からアプローチをしている理由が、インタビューを通じて少しずつクリアになる感覚があります。次に、未経験で0から商品開発を行った加藤さんがHAUTを作るにあたって、1番こだわりを詰め込んだところはどこですか?

男性はスキンケアに手間を感じる方も多いと思います。だからこそ、できるだけ「楽」にスキンケアができるよう、1本で完結できるオールインワンにしました。

また、顔表面の油分が多く、内側が乾きやすい男性の肌構造にあわせた有効成分を配合していますが、使用感はさっぱりした仕上がりになるように成分を調整しています。スキンケア後の肌のベタつきが気になる方にこそ使っていただきたい商品です!

Amazonのレビューを見ると「トロッとしたテクスチャーで付けると浸透している感じはしますが、個人的にはもう少ししっとりしても良かったです」という、商品に対する意見が多く見受けられます。自分の作った商品に屈託ない意見を直接もらう経験は、事業支援者側ではあまりない経験ではないでしょうか。

画像引用元:Amazon「HAUT」商品ページより筆者が一部加工

お客様の声をダイレクトにいただけることは、Eコマース支援者の立場とは一味違う事業者ならではの体験です。忖度のないご意見をいただけるのはありがたいですし、時には厳しいご意見をいただくこともありますが、それは私たちの中でもやりきれなかった部分でもあり「商品のことをよく見てくださっているな」という実感と共に納得感があります。

お客様にとっても、好意的なレビューと批判的なレビューの両方を見て購入の判断をすると思います。それが「購入前に抱く期待値」と「商品を使った後に抱く満足感」とのギャップを少なくすることにも繋がっているのではないかと考えています。

そのため、HAUTは購入後のクレームも少ないのですが、過度な効果効能をうたったプロモーションは行わないことで、お客様との期待値調整ができていると考えています。

私も実際にHAUTを使ったのですが、香りがとても印象的だと思いました。今まで使っていたスキンケア商品はほとんどが無臭だったこともあり、HAUTの商品開発において香りについてはどのように考えて作られたのか気になりました。

「香り」はプロダクトを使い続ける理由にもなる一方で、好みではない香りの場合は買わない理由にもなり得るほど大事な要素です。また、オンラインでは伝わりづらい部分でもあり、どのような香りにするのかはもちろん、香りのバリエーションを作るべきかなど色々と悩みました。

最終的な香りの決め手は、社内で行ったアンケートで多くの支持を得た「グリーンレモンティー」の香りでした。「良いと感じる香り」の好みが男女で分かれた結果も面白い発見でしたが、最終的に香りのバリエーションは作らずに販売を開始しました。

香りのバリエーションを増やさなかった理由はありますか?

単純に発注のロット数と在庫管理の観点から商品数は絞ったほうが良いという判断です。

他社さんでは有名商品のハンドソープの香りを1つで展開している場合もあれば、香りのバリエーションを豊富に取り揃えて、多数のカテゴリ展開を行っていることもあります。つまり、カテゴリを増やすか、カテゴリの中でバリエーションを増やしていくかはブランドの戦略次第だと思います。

商品開発のこだわりをお伺いしてきた一方で、成分や香りでの他社商品との差別化が難しいメンズコスメにおいてどのあたりに勝機を見出していたのか気になりました…!

男性のスキンケア商品は二極化の傾向があり、比較的安価で手に取りやすい化粧品がある一方で、スキンケアにこだわる男性は女性用のスキンケア商品を使われている方もいらっしゃいます。

つまり、二極化の間にある中価格帯のスキンケア商品のポジションが空いていると思いました。加えて、男性が化粧水を選ぶ際、私自身もそうなのですが、おしゃれな見た目であれば部屋の見えるところに置いておいてもインテリアとして馴染むので「なんかいいな」と思うことってないですか?

つまり、成分だけではなく見た目も重要な要素であり、デザイン性が高いメンズコスメというポジションで差別化を図れるのではないかと考えました。

HAUTのこだわりポイントでもある「デザイン性」についてもう少し詳しくお伺いできますか。

HAUTのボトルはスキンケアを終えた後に棚にしまわず、洗面台や部屋にそのまま置いてもインテリアとして馴染むくらいデザインにこだわって作っています。

ブランド立ち上げ当初からデザインに重きを置いていたものの、それゆえに特注ボトルを作るにはかなりのコストがかかります。商品開発において、お金をかけようと思えばいくらでもかけることはできますが、HAUTのような新興ブランドは商品開発にかけられる予算には限りがあります。そのため、既存のボトルをどれだけおしゃれにできるかをデザイナーに考えてもらいました。

結局、既成のボトルにシールを貼っているだけのシンプルな作りですが、デザイン性を感じていただけているのはデザイナーのおかげですね。実はこのラベルは、ただのスタイリッシュなデザインというだけではなく、薬事関係でスキンケア商品として必要な配合成分の表記も兼ねているのも開発秘話の1つです。

このデザインでグッドデザイン賞もいただいたことで、洗顔を作ることになった時もボトルを並べた時に統一感がでるように、同じボトルデザインにした背景もあります。

グッドデザイン賞にも輝いたデザインが、とてもシンプルな作りであることにびっくりしています!むしろ、コストをかけずともアイデア次第で唯一無二の商品を作ることができるということの証明でもありますね!

お手元に商品が届いて、箱を開封して商品を取り出す瞬間まで、特別な体験になっていただけたら嬉しいです。

そのために、実は箔押しの箱にして手触りを感じてもらったり、文字列やフォントなどのタイポグラフィ(※)など、デザインへのこだわりをこれでもかと詰め込んでいます(笑)

(※)タイポグラフィとは…文章を読みやすく見せるデザインの手法と、文字で1つのデザインを作る手法の2つの意味合いを持っている

型破りなSNSでの販促戦略として取り上げられることも多く、なぜその手法を取ることが出来るのか疑問だった「HAUT」。インタビューを通じて少しずつ靄が晴れていくような感覚がありました!本日は1人のユーザーとしても、有意義な時間でした!ご協力、ありがとうございました!

編集後記

社内でのブランド立ち上げのプレゼンにあたって「プレゼンの段階で商品のモックアップからデザインまで固めた事業立案は私だけでした」と語る加藤さん。プレゼン終了後の社内の反応を見て「これは、イケる」と思ったそう。そこまでの熱量を持って取り組むことができたのは興味のある分野だったから。作り手の熱量は商品を手に取る人たちにもちゃんと届くんですね。

インフルエンサーマーケティングにフォロワー数は関係ない、ユーザーとのコミュニケーションは積極的にはとらないなど、一般的な単品通販のマーケティングとは異なる型破りな販促戦略を取る「HAUT」。

その理由は、そもそもの入口が単品通販のスキンケア商品ではなく、インテリアなどのライフスタイルの一部として機能を越えたプロダクトでした。ブランド立ち上げ初期からのボトルのデザインや箔押しの箱など、ここまでデザインにお金をかけているプロダクトは他にあるのだろうか。しかし、明らかに立ち上げ初期のブランドとしてはお金のかけ方が違うHAUT。それも主力のEコマース支援業があったからであり、市場規模を取りに行くゴールから逆算していたらできない戦術だったのではないでしょうか。

文 :小幡 渉
編集:杉山 美和
写真:関 大二郎

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