ABテストなしでいきなり全国CM!? オンラインピル診療サービスの大胆マーケティング戦略の真相

坂梨 亜里咲さん(代表取締役CEO)

mederi株式会社 代表取締役。2014年に女性向けwebメディアのディレクター、COOを経て、同社の代表取締役に就任。29歳の時に、自身の不妊治療の原体験から「不妊治療に悩む1人でも多くの女性をへらしたい」というビジョンから起業を決意しmederi株式会社を2019年に創業。2021年に元ZOZO創業者である前澤 友作氏が設立した前澤ファンドより出資を受け、2022年からオンラインピル診療サービス「mederi Pill(メデリピル)」のサービスを開始。

後発ベンチャーが初めてのテレビCMでいきなり全国放映!?定石を打ち破るマーケティング思考とは

まずは改めて、「メデリピル」がどのようなサービスかお伺いできますか?

メデリピルは、オンラインピル診療サービスとして2022年にサービスを開始しました。私自身の7年間の不妊治療と10年以上のピル服用の経験から「女性が望むときに妊娠・出産できる社会の実現と、不妊治療に至る人を少なくしたい」という想いから、不妊の一因ともなる生理の悩みを解決するサービスを立ち上げました。

起業当初からオンラインピル診療のサービスの構想があったのでしょうか?

実はオンラインピル診療サービスを始める以前は、葉酸とラクトフェリンを配合したサプリメントの販売を行っていました。初めてのものづくりということもあり、販売価格の何%以内に原価を抑えるなどの定石も全くわからない手探りの状態でした。その後、商品の試行錯誤を繰り返しクラウドファンディングも実施したのですが、知人の知人までが応援してくれていただけで、サービスの当事者の方は想定以上に少なく、継続服用してくださる方も少なかったんです。

サブスクリプションサービスにおいて、継続率は大事な指標ですが、いきなり売れなくなる状況に気づいた時の焦燥感は計り知れないですね…。

応援していただいたことはとてもありがたかったのですが、結果的にターゲット層に十分に届かなかったこともあり、サービスの継続に繋がらなかったことも当たり前の結果なんですよね。

そこから、サプリメントの継続回数から逆算して、CPA(顧客獲得単価)を算出したり、事業計画を立てて広告予算を資金調達したり、Webマーケティングを本格化しました。しかし、思ったように新規ユーザーが増えずにお金だけが溶けていく日々に悶々としていました。

その時に、前澤ファンドの10人の起業家に10億円出資する企画の投稿をX(現:Twitter)で見つけて応募したことをきっかけに、私が本当にやりたいことは「不妊治療に至る人を少なくしたい」ことであり、不妊治療の当事者の方はもちろんですが、当事者になる前段階からアプローチできる事業を始めたいと思いメデリピルを新たな事業として作りました。

フェムテック(※)関連の事業といえば、オンラインピル診療以外にもありますよね。なぜ、オンラインピル診療のサービスを作ることになったのでしょうか。

世に出てないサービスの場合、商品のマーケティング以前に、サービスの認知や必要性の啓発に多くの予算を割かねばならず、多くの費用と手間もかかります。つまり、競合が少ないサービスは、参入ハードルが高いという理由もありますが、その他にもニーズが限定的で市場規模が広がりづらいなど世に出ていないなりの理由があることに気づいたんです。

そのため、女性のニーズや市場規模を調べながら、卵子凍結のサブスクリプションや、自宅でホルモン検査ができるキットなど様々な選択肢の中から、オンラインピル事業にチャレンジすることにしました。

なぜなら、生理トラブルは多くの女性が抱える悩みであり、生理不順が将来的な不妊の要因になりうるという認知も十分ではありません。だからこそ、私が作りたい世界の実現と遠くない未来に私の原体験を繋げることができるのではと思ったんです。

※Femtech(フェムテック)…Female(女性)とTechnology(テクノロジー)を組み合わせた造語。 「生理・月経」「妊活・妊よう性」「妊娠期・産後」「プレ更年期・更年期」など女性特有の健康課題をテクノロジーで解決する商品やサービスのこと

数十年前の日本では、ピルは避妊薬としての認知が広がっていただけではなく、周囲で使用している人も少なかったため、相談もしづらい状況でした。また、副作用を心配する声やピルに対する誤った認識が強かったという印象を感じていました。だから、オンラインピル診療のサービスが全国のテレビCMで放映していることに驚きました!加えて、後発のオンラインピル診療サービスがいきなり全国でテレビCMを放映するというのはあまり例を見ない気がしました!

テレビCMを覚えていてくださり、ありがとうございます!

おっしゃるとおり、オンラインピル市場においてメデリは後発企業です。そのため、メデリの認知度を高めることが今後のサービス拡大における重要な課題でした。そのため、認知拡大の手段としてテレビCMは有効なマーケティングの一手になり得ると考えました。

認知拡大を目的にするのであれば、テレビCM以外にも様々なプロモーション手段が考えられます。特にテレビCMは費用対効果の計測を懸念し、実施を躊躇される広告主も多い印象です。その中で、メデリはなぜテレビCMに投資ができたのでしょう。

多くのスタートアップの場合、最初のマーケティング手法として費用対効果を可視化しやすいデジタルマーケティングを行った後、さらなる事業拡大のためにテレビCMを検討するのが定石ですよね。

しかしメデリの場合、オンラインピル診療という社会にまだ十分に普及されていないサービスの特性上、ピルの存在や必要性を広く知ってもらう必要があると考え、テレビCMの放映を優先しました。

テレビCMへの投資のおかげで、サービスの認知度は急増し、結果的にブランド名での検索数も増加し、デジタルマーケティングの効果も相乗的に高まりました

テレビCM放映による反響の大きさは想定以上の成果があったということですね。テレビCMの全国放映に際して、クリエイティブのABテストはどのような準備をされるものなのでしょうか。

多くの企業では、地方でのテレビCMのABテストを行うことが多いと聞いています。しかし、株主である前澤さんからは「これだ!と思う最高のクリエイティブを作って、最初から全国的に放映したらいいよ。」とアドバイスをいただきました。

もちろん、初めてのテレビCMをいきなり全国放映することに、不安が全くなかったわけではありません。たった15秒のテレビCMで伝えたいことをすべて伝えることは難しいと思っています。だからこそ、サービスの使い方やシーン想起のクリエイティブではなく「オンラインピルの相談はメデリ」というシンプルなメッセージのテレビCMにすることで老若男女の記憶に残るテレビCMを意識して制作しました。

テレビCM放映後には「子供が何かの歌を歌っていると思ったらオンラインピルのCMだった」とSNSで期待通りの反響をいただき、テレビ放映まで1ヶ月という短い準備期間でしたが、頑張って準備して良かったと思っています。

シンプルな考え方が功を奏したのですね!しかし、クリエイティブのABテストなしに、決して少なくない広告費を投資することのリスクもあったのではと推測します。

確かに万が一上手くいかなかった時の費用的なリスクはありますが、仮に地方でテレビCM放映でクリエイティブのABテストを行った後に全国放映というフローだったら、その分の時間も手間も発生しています。加えて、他社サービスがメデリよりも先に全国放映のテレビCMを実施していたらオンラインピル診療サービスとしての第一想起を得るチャンスを逃していたかもしれない。それこそ、大きな機会損失だと思います。

今後テレビCMを検討する企業も増えそうなエピソードですね!

テレビCMとの相性の良し悪しはサービスや商材によっても大きく異なります。BtoBのサービスではテレビCMを実施していることで企業の信頼度が増すという話も聞きます。一方、オンラインピル診療のような、サービスの需要や必要性を伝える必要があるサービスはテレビCMで一気に認知を広げる手段は有効と考えています。

加えて、オンラインピル診療などの無形サービスはAmazonや楽天などの巨大モールへの出品ができないなど広告を掲載するチャネルにも制限がかかります。そのため、サービスや商材に合わせて実施可能な手札の中から目的に合わせた広告媒体の選定が大事ですよね。

利用者の半数以上がピルを初めて服用。ユーザーが安心して続けられるサービス設計はどのように創られるのか

サブスクリプションサービスにおいて、認知獲得は事業拡大における最初の一歩ですが、同時にサービスを使い続けてもらうことが重要な指標となると思います。後発のサービスでありながら、メデリピルが選ばれ、使い続けられる理由をご自身でどのように考えられていますか?

メデリピルは、初めてピルを服用される方でも安心してご利用いただける、ユーザーに寄り添ったサービスを目標にしています。そのため、オンライン診療を担当するお医者さんを100%産婦人科医に依頼していることが、サービスのこだわりであり最大の特徴です。

ピルは産婦人科医でなくとも処方できるんですね…!勝手に産婦人科医だけしか処方できないと思っていました。

ピル処方自体は産婦人科医でなくとも可能です。さらに、産婦人科医師数は全医師の中でも少ないと言われており、産婦人科医だけで構成するのは容易ではないんです。

しかし、婦人科の悩みはとても複雑で特殊だと思っています。例えば、「お腹が痛い」という症状にも様々な原因が考えられます。実際に私も1人のユーザーとしてオンライン診療の体験した際に、担当医が皮膚科の先生で「婦人科に行って聞いてください。」と言われたことがありました。意を決して、オンライン診療を受診したにもかかわらず「専門医に聞いて下さい」と言われると顧客体験の満足度は著しく低下することを体感したんです。

そのためサービス運営面だけで判断するのであれば、必ずしも産婦人科医でなくてもいいかもしれない。しかし、それはユーザーにとって最高の体験になりえるのかと考えています。

定量的な評価基準も大事ですが、数字だけでは測れないことも大切にしながら、これからも最高のサービスをお届けしていきたいですね。

特に、初めてのオンライン診療では専門医に相談できることの安心感を強く感じますね。一方で、オンラインでのコミュニケーションは、対面と比較して誤解を生みやすかったり、相手へ伝わる情報が少ないと言われていますが、オンライン診療としての難しさを感じる場面はありますか?

実際にユーザーから私たちも、そして医師も想定していないフィードバックをいただくこともあるので、ミスコミュニケーションには細心の注意を払っています。

そのため、ユーザーにはオンライン診療後に必ず診療アンケートを送っています。半分以上の方が回答してくださるので、アンケート結果は担当医に必ず共有するようにして、適宜オンライン診療自体の満足度向上を図っています。

画像引用元:メデリピルWEBサイト

ユーザーの声を反映して顧客体験をアップデートしているのですね!サービス設計にユーザーの声をどのように反映して作られたのでしょうか?

サービスリリース前に、1万7000人の応募の中から選ばれた先行会員1,000人を対象としたメデリピルのβ版のリースを行いました。その後、約6ヶ月の間に先行会員さんにより良いサービスにするためのご意見を頂いたのですが、現在のサービス設計もβ版のリリース時の設計から大きく変わってはいないんです。

私自身の原体験を基に「あったらいいな」をそのままサービスに落とし込んでいるので、ユーザーの抱える悩みや、不便さを感じる部分にも先回りしてサービス設計に反映できたのだと思います。

他業界では当たり前のロジツールも当たり前ではない?人為的ミスを減らす仕組みづくり

坂梨さんご自身がユーザーだったからこそ、ユーザーの求める理想の顧客体験とメデリのサービス設計が一致したのですね!より良い顧客体験のためにオンラインピル診療ならではの意識しているポイントはありますか。

医療品であるピルに限った話ではないですが、正確に届けることを大切にしています。

Eコマースのサービスにおいても物流は1つの重要な要素です。しかし病院には、郵送や配送のオペレーション業務が構築されていないことが一般的です。そのため、現場が配送業務に慣れていないだけではなく、目視の確認で配送してしまうと人為的ミスは避けられません。

そこで、メデリでは提携医療機関に弊社が開発したロジツールを導入していただき、医療機関側の負担を減らすだけではなく、人為的ミスを仕組みで解決することでユーザーに正確に配送ができる体制を提供しています。

人為的なミスを仕組みで解決するロジツールですか!どのような仕組みなのか、気になります!

例えば、バーコードをスキャンするだけで、処方薬の点数などを判断し、入れ間違えがないかを判別できる仕組みになっています。バーコード管理にすることで、在庫が不足する前にアラートでリマインドを送る設定も可能です。

他業界では当たり前のツールでも、医療業界にとっては新しい仕組みだったんですね!現場の方からの懸念などはありませんでしたか?

新しいことへの心理的抵抗感は当然出てきます。オンラインピル診療を行う提携医療機関を見つけるのも苦戦しました。

しかし、新たな取り組みを応援してくれる医療機関と出会えたので、そこでの成功事例を基に他の医療機関に広げていき、少しずつ関係値を構築していけたと思います。

どの業界にもファーストペンギン的な存在がいるのですね!これからも提携医療機関が増え続ければオンラインピルの普及率も徐々に上がっていきそうですね。

オンラインピル市場は年々拡大していますが、日本でのピル普及率を考えるとまだ当たり前の社会にはなっていないと思います。

我々が集めたデータによると、日本のピルの服用率は、2017年時の3%からオンライン診療サービスが増えたことで6%まで伸長しています。徐々にオンラインピルの認知が広まっているとは言え、約94%の方はピルに触れる機会がなかったり、誤った知識でピルの可能性を狭めている場合もあります。

現在のメデリピルのユーザーの内、約50%が初めてピルを服用した方です。将来的には、70〜80%まで新規のユーザーを増やすことで、ピル服用を避妊だけではなく、女性が心地よく生きることができる選択肢の1つになれるように、これからもサービス拡大を続けていきたいです。

編集後記

インタビュー前にメデリピルのサービスに感じたのは、その心地よく優しい顧客体験でした。女性の悩みに対して不安を煽るような表現は一切はなく、市場の需要に対してビジネスを始めたのではなく、純粋にユーザーのためのサービスだと直感しました。

インタビュー中に坂梨さんの姿勢からも「女性が望むときにアクションを起こせる社会を実現したい」という熱意から、メデリピルは単なるピル販売ではなく、女性の生理、妊娠、出産の悩みを解決するためのサービスだとわかったのです。だからこそ、最高のサービスであることを目指し、ユーザーファーストの体験を提供し続けているのでしょう。

日本でピル服用が徐々に普及する中、メデリが思い描く社会が実現したらいいなと願う自分がいました。

文 :森岡 梓月
編集:杉山 美和
写真:関 大二郎

トップにもどる