
やまざきひとみさん(写真左)
女性のためのITエンジニアスクールMs.Enginee株式会社代表。大手IT企業を経て2015年に独立後、動画メディアの編集長に就任し、約4か月で月間再生1億回を達成するなど国内最大規模の動画メディアに育てる。コロナ禍をきっかけに悪化した女性雇用問題に端を発し、2021年より女性エンジニアを育成するプログラミングブートキャンプを行う「Ms.Engineer」を創設。
黒澤 楓さん(写真右)
Ms.Engineer株式会社オープンイノベーション室リーダー。2012年に宮城県の専門学校を卒業後、医療事務やコールセンターのカスタマーサポート、IT企業でアシスタント事務などを経験。その後、共通の知人の紹介をきっかけにMs.Engineerのカリキュラムを受講し、2024年2月に終了。現在は、Ms.Engineer株式会社内の開発プロジェクトにジョインし、エンジニアとして従事。
なぜ、日本全国から女性がITエンジニアを目指すのか。
高度のIT人材を育成する質の高いカリキュラムの一方で、受講内容は決して簡単とは言えないにもかかわらずサービス開始2年で受講者を伸ばす女性のためのITエンジニア育成スクール「Ms.Engineer」。数多くのエンジニアスクールがある中、キャリアアップを目指す多くの女性に選ばれています。今回は、なぜ「女性エンジニア」なのか?という疑問から、競合他社も多い市場において選ばれ続ける理由にまで色々とお伺いしたいことがたくさんあります!改めて、Ms.Engineerのサービス概要からお伺いさせてください!

Ms.Engineerは「日本の賃金格差を解消する」というビジョンのもと、デジタル人材として活躍する女性が増えることで、社会全体を良くしていきたい社会的意義を目標にしています。日本では少子高齢化が進行する中で、今後ますます女性の労働力への需要が増えると予想されています。しかし、コロナ禍で社会情勢が不安定になった時に、雇用の影響を受けやすい女性の立場に疑問を感じたことががMs.Engineerを創設したきっかけです。
しかし、日本において女性のエンジニア率は高いとはいえません。だからこそ、Ms.Engineerを通じて女性にエンジニアというキャリアを検討してもらうと同時に、キャリアアップができる環境を提供しています。
そのためMs.Engineerでは、経済産業省が定めているITスキル標準のレベル4に相当する「高い技術レベルを身に着けること」ができるカリキュラムを定めています。その結果卒業生は、エンジニア市場水準よりも高い賃金での転職にも繋がっています。

私が転職を検討する場合、エンジニアという選択肢に心理的なハードルの高さを感じてしまいます…。Ms.Engineerの門を叩く女性のイメージが湧きづらいのですが、スクールに通われている方はどのような方が多いのでしょう。

キャリアアップやスキルアップのために通われている方が多いですが、いい意味で「普通の女性」です。一方でおっしゃるとおり、多くの女性が転職やスキルアップを考える際、「ITスキルを身につけたい」と漠然と考えることはあっても、具体的にITエンジニアを志望する方は多くはありません。
リスティング広告で「女性 転職」と検索してみると興味深いのですが、日本では転職を考えている女性の間では、事務職が未だに根強い人気があります。Ms.Engineerへ検索連動型広告経由でのお問い合わせをいただく方も「未経験 女性 転職」などのキーワードから興味を持っていただくことも多いです。エンジニアと聞くと、理系専攻や、特別なスキルが必要という誤解を持っている方が多いですが、それはエンジニアというキャリアの認知が十分でないことが原因だと考えています。
そこで、エンジニアというキャリアを具体的に描けるように、就職後のキャリアパスやITエンジニアの魅力をカウンセリングを通じて具体的にお伝えできるように心がけています。

高度IT人材を育てるカリキュラムは難易度も高そうです…!具体的にどのようなカリキュラムなのでしょうか?

日本のプログラミング教育は、自身のペースで勉強していく「自立学習型」のeラーニング方式を採用しているスクールが多いです。一方で、Ms.Engineerは、オンラインでもライブ授業と集団学習を行うアメリカ・シリコンバレー発の「コーディングブートキャンプ方式」を採用しており、短期間で難しいレベルの授業と開発を繰り返すことで、高いレベルのエンジニアの育成を行っています。
短い期間で高い技術スキルを身に着つけていただくために、チーム単位でプログラミング開発を行い、より実務に近いカリキュラムになっています。
しかし、採用側する企業の立場からするとどれだけ優秀なスキルを保持している人材であっても、未経験エンジニアであることに変わりありません。そのため、Ms.Engineerのプログラム教育はスキルはもちろん、一緒に働きたいと思ってもらえるような人物としてのマインドも重視しています。
一緒に長く働いていく上では、専門知識を持っていること以上に、「この人と一緒に働きたい」という採用側の気持ちが重要ですよね。

リスクテイクするからリターンがあると私は考えています。Ms.Engineerの受講生は決して少なくないお金と時間をかけてリスクテイクしているからこそ、リターンも大きくなります。
そのため、あえて厳しいカリキュラム環境にしているのは「短期間で不可能に挑戦した」ことに人材的な価値が出ると考えているからです。そして、短期間で不可能に挑戦した経験は人にも伝わるし、エンジニアに限らずスキルレベル以上に人としての魅力にも繋がるのではないでしょうか。

基礎知識知識だけではなく、チーム開発演習を通じて、実際にエンジニアとして働くイメージももてるということですね!Ms.Engineerの卒業生であり現在、エンジニアとして働かれている黒澤さんは受講当時を振り返ってどのように感じられていますか?

社会人で、こんなに長い期間、集中して勉強する機会は多くないと思います。エンジニアに縁もゆかりも無かった私でも、3〜6ヶ月の開発演習は、成果発表の最後の日まで解消できないエラーと向き合い続ける日々でした。当時を振り返っても、人生で最も苦しい時期でした。しかし、参加してよかったと私だけではなく、卒業生は口を揃えて言います。
基礎演習前に学んだ知識を実務に近い環境でアウトプットできるMs.Engineerのサポート体制はカリキュラムの途中で「挫折をさせない」ことを特徴としており、卒業率は95%以上を誇ります。私の受講生当時を振り返っても、演習最終日の達成感が今でも記憶に残っていますし、チームのメンバーが居なければ乗り越えられなかったと思います。

人間誰しも、新しいことを始める前は不安が伴いますよね。そんな中、Ms.Engineerに参加される女性は、決してやさしくはない環境に自ら身を置く覚悟を持って来られるのかなと推測しました。

私がMs.Engineerを受講した時から、働きながらMs.Engineerを受講できる夜間コースが始まりました。従来は、仕事を辞めてMs.Engineerにフルコミットしなければいけなかったのですが、夜間コースの開講で参加者の間口は広がっています。
受講当時のチームメンバーは、私も含めてお仕事をされている方はもちろん、子育てしながら参加されるお母さんもいらっしゃいました。日によっては、残業で授業に遅れて来られる方もいるのですが、皆さん欠けた時間を必死に取り戻そうとする方ばかりで、私も自分を緩めることはできないと日々、気が引き締まる気持ちでした。
私は25歳まで東北におり、上京後もずっと非正規雇用で働いてた当時は、自分のスキルで正社員で働く未来をイメージすることもできませんでした。それがmMs.Engineer卒業後は自分のスキルから推測する未来ではなく、自分の立てた目標から未来を考えられる考え方に変わったのは大きな変化です。

卒業生は、ベンチャー企業から上場企業まで様々な企業へ就職をしています。受講後の平均年収は480万円で年々上昇傾向にあります。この数字は、日本女性の平均年収と比べて166万円も高い水準です。
そのため、Ms.Engineerは、卒業後のわかりやすいキャリアアップが提示出来るだけではなく、経済的自立が叶う将来を黒澤のようなわかりやすいロールモデルがいることでイメージしやすくなることで、多くの女性の挑戦に繋げることができているのではないでしょうか。

「自社しかやらない」がビジネスチャンス!地方の実情から見えたユーザー像とは?
女性向けエンジニア育成スクールということは、差別化ポイントである一方で、全人口に対してターゲット数が半数に狭まってしまう懸念もあると思います。差別化とマーケット市場規模を天秤にかけた時、やまざきさんはどのような判断基準でMs.Engineerの事業を始められたのでしょうか。

これからビジネスを始めるにあたり、女性のみにターゲットを絞ることで市場規模は半分になるという視点はおっしゃるとおりです。だからこそ、みんなやりたがらないと思っていて、そこにビジネスチャンスがあると私は考えています。
市場規模が半分になるとはいえ、女性の労働人口は約3,000万人(令和3年時点)といわれており、ほぼ全ての女性がMs.Engineerの対象になると思っています。
これからビジネスを始める上では、既に市場があるところで起業するのが定石です。しかし、Ms.Engineerは、これから広がっていく市場を一歩先からアプローチしている認識です。そのため、市場認知を取りにいったり、啓発やサービスのことを知ってもらう難易度は高いです。
しかし、仮にMs.Engineerが男女オールリーチのITエンジニアの育成スクールだったら、マーケティングでのアプローチも異なれば、出会えていないお客さんも多いです。女性に特化したサービスだったからこそ、黒澤をはじめとする、さまざまな働き方を求めたり、スキル向上を目指したいが方法がわからず悶々としていたお客様にも出会えたと思っています。
女性特化のサービスだからこその、マーケティングアプローチの難しさや意識されていることがあれば教えて下さい!

女性の権利向上と活躍推進は国の重要な課題ですが、男性との対立構造を生みやすいテーマでもあると考えています。そのため、女性を単純なマイノリティ・社会的弱者として描くのではなく、社会性と経済性を両立させ、ビジネスとして結果を出すことが重要です。
しかし、いまだ男性中心の風潮が強い社会において、女性が成果を上げていくことがスタートアップの役割だと考えています。そのため、感情的にならず、データや数字で証明し、女性だけの権利主張に見えないように意識しています。男性との対立を避け、建設的な議論を進めることで、真の女性活躍を実現できると信じていますが、このバランスを取る難しさは常に課題です。
集客の部分でも、Ms.Engineerは、長いプログラム期間ということもあり、かなり大きな決断をしてもらう必要が出てきます。そのため、受講の最終的な決断の背中を押すのは感情の部分だと思っているので、理性的にマーケティングをしながら、どのように感情に働きかけるかを意識しています。

なるほど!難しさの一方で、面白いと感じられているところはどのようなところでしょうか?

面白さは、女性向けエンジニア育成というテーマに絞ったことで解決できる社会課題が増えたことです。
女性のキャリアという抽象的な社会課題の中にも、女性活躍推進や、地方創生、賃金格差の解消など挑める社会課題があることに私もビジネスを通じてより具体的に把握できました。
ビジネスを通じて、社会課題を解決することで社会にとって良いことをしている感覚はビジネスとしての利益追求以上にやりがいを感じています。
今まで漠然と感じていた社会課題の解像度が上がったきっかけやエピソードがあればぜひ、お伺いしたいです。

人口の東京一極集中や、地方から都心への人口流出という話題はよく耳にしていましたが、転出届の多くが女性であり、多くが仕事を求めて都心に出てきていることを知りました。
しかし、本当は引っ越したくないなどの気持ちを本人が吐露しているのを聞くと、私自身が当事者ではない分、ビジネスを通じて社会課題の本質的な部分に気づくことができました。
また、Ms.Engineerを始めて予想外だったことは、受講者の約7割が地方に住む女性ということです。
7割もですか?それは、予想していなかったペルソナ像だったということですか?

オンラインで全国から受講することができるので、地方女性も受講しやすいということは想像はしていました。しかし、マーケティング戦略として地方女性に積極的にアプローチをしていたわけではありません。
私を含め、社員も東京で働いていることもあり、サービス開始当初は働く女性全般をペルソナ像としてイメージをしていました。しかし、今後のキャリアに不安をもち、Ms.Engineerを検討している数百人以上の女性との面談を通じて、東京と地方とでは平均年収に約80万円の違いがあることや、働く女性の置かれている環境の違いを知りました。
だからこそ、ペルソナ像を「働く女性全般」にするのは解像度が荒すぎたんです。

Ms.Engineerを通じて、地方の女性が抱えている潜在的な課題をどのように解決できると考えられていますか。

日本において、女性の抱える課題の実効的な解決策はほぼ見つかっていませんでした。そのような中で、黒澤のように自分のスキルや知識の範囲で解決しようと緩やかにキャリアを諦めてしまっている女性がいかに多いかということです。
例えば、地方特有の文化や雰囲気、ジェンダーギャップがある環境で働いている女性は、スキルやキャリアアップにより給料が上がるイメージを持つことも難しかったり、子育てをしながら働かれている方も多いです。
そのため、なりたい姿というwill(意思)よりは、Ms.Engineerで手に職をつけることでゲームチェンジができるスキルを身につけたいという想いを持たれている方が地方ではより強い印象です。
私は、女性ももっと賃金を上げたいと思った方がいいと思っています。なぜなら、給料が上がることで選択肢も広がると考えているからです。つまり、女性が経済的自立を目指すことが大事であり、それを実現できる会社でありたいと思っています。
「働きたいのに、働けない」女性がこんなにも多いという事実と、漠然としたキャリアへの不安の解像度が上がりました。

Ms.Engineerには事務職出身の方が多いのですが、今の仕事も嫌いではないし、目の前の仕事を一生懸命やっているのに将来に漠然とした不安を抱えている私のような女性は日本全国にいるのではないかと思います。
仕事を通じて幸せになりたい女性が活躍できれば、社会も良くなるし、Ms.Engineerがそのサポートになるのであればとても嬉しいことだと思います。


労働力の半分を占める女性の社会進出が加速する中、その半数以上が非正規雇用であることや、賃金格差が存在している現状は、人口減少が進む日本において非常にもったいないと考えています。
Ms.Engineerを通じて、女性の個人の幸せはもちろん、その次の世代の子どもたちがジェンダーに左右されることなく活躍できる未来を作っていきたいです。

編集後記
ライフステージの変化に伴うキャリアの行方に不安を抱える女性は多いと思います。私自身もその一人でした。しかし、人生の転機を迎え、緩やかにキャリアを諦めている女性が想像以上に多いという事実に衝撃を受けました。
「緩やかに諦めているキャリア」は、本人も無自覚なことがあるだけではなく、目に見えにくいからこそ課題として顕在化し辛い側面をはらみます。そのような社会問題に挑むMs.Engineerは、既にニーズが顕在化し市場ができているビジネスとは、ターゲットにどのようなシチュエーションでアプローチするかが重要になります。
そのため、サービス開始直後はやまざきさんのX(旧:Twitter)経由での申込みが多かったそうです。その後、徐々にMs.Engineerの認知が広がった現在は、リスティング広告など様々なオンラインチャネルはもちろん、黒澤さんなどの卒業生の影響も集客に大きな影響を与えているといいます。
黒澤さん曰く、地元に帰省する傍ら、2週間のリモートワークをしていると周囲の方はいい意味でショックを受けることもあるそうです。黒澤さんのように自由な働き方を選択している女性が周囲にいるだけで、今まで見えていなかった選択肢を与えるきっかけになると同時に、その人にとっては最も身近なロールモデルになり得ます。
ロールモデルという、最強の口コミが伝播することでMs.Engineerを通じて女性の働く選択肢が増えより良い社会に繋がる未来を望まずにはいられません。
文 :岩井 詩織
編集:杉山 美和
写真:関 大二郎