Eコマースで大事なのは「売れること」より「リピートされること」。第一次産業従事者が極上豚肉を直接家庭に届けるまでの軌跡。山西牧場2代目 倉持信宏さん

倉持 信宏さん
1990年生まれ。明治大学農学部卒。卒業後家業の山西牧場に籍を置いた上で農場勤務、1年のスペイン留学。帰国後ハム工場での研修を経て自社生産豚肉の販売事業・OEMでの加工品製作に着手。2018年5月に自主制作での自社サイトおよびウェブショップを製作しwebでの販売を開始。2019年、自社サイトリニューアル、リブランドを目的としたクラウドファンディングを実施後、2020年3月に農場直送ブランド「三右衛門/3 é mon」を立ち上げて今に至る。

 

こだわりの味を評価してもらうために。山西牧場がD2C事業を選択した理由

倉持さん、本日はよろしくお願いします。山西牧場さんのお肉とカレーを頂いたのですが本当に美味しくて……!お話を聞けるのを楽しみにしてきました!

倉持 信宏さん

ありがとうございます!美味しいと言ってもらえると本当に嬉しいです。よろしくお願いします!

山西牧場さんは、茨城県坂東市で養豚業を営まれる傍ら、D2CのEコマースも精力的に運営されていますよね。この牧場直販のEコマースを考え始めた理由は何ですか?

倉持 信宏さん

最も重要であると言っても過言ではない、生産を受け持つ農場自体が認知されない現状をどうにかしたいと考えたことがきっかけです。

お肉は市場や取引される場所に出荷をした後に評価をされ、値段が付けられ、実際の消費者の方に届いていくんです。でも、この評価の仕方は1頭から皮や骨、内臓などを取り除いた状態の枝肉としての評価だったり、歩留まり(一頭からどのくらい肉量が取れるか)などが基準になっていて、味の評価はほとんどされません。

あと、スーパーなどでお肉を売るときもわざわざ「〇〇県の△△牧場」という産地の表記はしないじゃないですか?流通の問題でどうしても「国産」「茨城県産」などの枠組みで区別されてしまうので、農場の名前を認知してもらえないということに課題を感じていました。

そんな中で、うちは先代から「餌が脂を作り、肉の味は脂で決まる」という考えを守っていて、餌にほぼすべてのコストを掛けて味にとことんこだわってきました。

でも、今の評価の仕方や流通のシステムでは、味見をして判断してもらうことは難しいし、「茨城県の山西牧場の豚肉が美味しい」、と消費者に認知してもらうことも難しい。自分たちが大事にしている味が、十分に評価されていないのではという葛藤があったんです。

そこで、山西牧場の豚肉を直接消費者の方に届ける方法はないかと色々考え、Eコマースに行き着きました。

行き着いた、ということは、最初からEコマースを選んでいたわけではなかったのですね。

倉持 信宏さん

そうです。

僕がEコマースを始めたのは2018年頃なんですけど、その前の年にはレストラン営業なども試したりしました。近くだと大きめの都市でつくば市などがあるので、色々なレストランを回ってみたりしたんですが……うまくいかなかったですね。

自分たちですべてやるとなると、そのお店の需要に合わせて加工も行い、配達もしなきゃいけない。これだと利益を出すのも難しい。レストランへの卸しなどは、ある程度大きな会社だからできるんだというのを学びました。

そこでやっぱり、消費者叩き上げの需要がないと意味がないなと思ったんです。

レストランなどお店を通して届けるのではなく、直接消費者に届けるのだ、と。

倉持 信宏さん

はい。そうやって、最終的にはお客さんから自農場の指名をもらえるようになっていく必要があると思いました。山西牧場の豚肉としてしっかりと選ばれるポジションを確立できれば、「国産」のお肉に埋もれる心配もなくなる。

だから大事なのは、まず消費者に「この農場の豚肉は美味い!」と知ってもらうこと。そのためには、山西牧場の名前を背負って直接消費者にお肉を届ける必要があると思ったんです。

さらに、山西牧場の2代目である自分が新しくチャレンジをするにあたって、最初から多くの予算を集めるのが難しかったこともEコマース選択の理由です。店舗を出すことも考えましたが、莫大なコストがかかるので当時現実的ではなく……。そこで、まずはEコマースから小さく始めようと思ったんです。

Eコマースへたどり着いたのは、レストラン営業や店舗の検討などの試行錯誤があったからこそなんですね。

自作のHPから始まったEコマース。成長の火種は……カレー?

山西牧場さんのEコマースは、2018年にショップを兼ねたHPをご自分で制作されたところから始まったそうですね。その経緯についても詳しく教えてください。

倉持 信宏さん

実は、当時の山西牧場には公式HPすらなかったんです。なので、HPも一緒に作る目的で自分でEコマースを作ろうと思いました。

自分はそもそもパソコンとかに弱い人間で、システムエンジニアをやっている後輩を呼んで「まず何から始めればいいですか?」って聞くところからでしたね(笑)。

Wixの一番安いプランを契約して、カメラをやっている後輩に手伝ってもらって撮った写真をはめ込んだだけの、シンプルなサイトでした。

本当にイチからご自分で制作されたんですね。ちなみに、商品の売れ行きの方はどうでしたか?

倉持 信宏さん

これが、びっくりするほど売れなかったです(笑)。本当に1ヶ月に1件注文があるくらいで、しかもそれも友達で、「頑張ってね~!」的なコメントと一緒に、みたいな。2ヶ月目に入っても購入数が伸びるわけでもなく、難しさを実感しました。

「ただ置いておくだけじゃ売れない」ということはよくわかりました。指名で流入するルートもないし、かといって「豚肉」とかのキーワードでお客さんが来るわけでもないし……。そこは良い学びだったと思っています。

「売る」という目的ではAmazonや楽天などのモールが活用されやすいように思いますが、最初のEコマースとしてモールへの出店を検討されなかったのは何故ですか?

倉持 信宏さん

モールへの出店は全く考えなかったです。モールに出品することは、指名の需要を広げるという僕がやりたかったことにマッチしないと思いました。たくさんある豚肉の中で「あ、これいいじゃん」って手に取るようなモールの構造だと、どの農家の豚肉なのかをわざわざ確認するタイミングってないじゃないですか?そうすると結局スーパーなどと同じで、僕たちが作った豚肉である必要がなくなってしまう。

そのほかにも、出品先が増え過ぎてしまうと対応が煩雑になるだとか、生鮮食品というジャンルにおいて向いているか疑問があったなどの理由もありましたが、やっぱりやりたいことが実現できないと感じたことが一番の判断軸でしたね。

指名で買ってもらうために、難しくてもあえて自社Eコマースを用いることを選んだんですね。BASEや肉チョクなどでも出品をされたのも、山西牧場さんの名前を知ってもらうためだったのでしょうか。

倉持 信宏さん

そうですね。BASEやポケットマルシェなどは、自社Eコマースと同じように運営をしました。ふるさと納税は2017年ごろから出品していて、現在も2自治体(坂東市/つくばみらい市)で取り扱いがあります。

肉チョクさんでは、2019年のサービススタート時から参画させてもらった形でした。

そうやって名前が見える場所で色々な取り組みをされる中で、売上の遷移に変化はありましたか?

倉持 信宏さん

肉チョクさんに出品する頃には、徐々に購入数が増えてきていました。きっかけは、カレーを作ったことですかね。

カレー、ですか。ぜひ詳しく教えてください。

倉持 信宏さん

Eコマースを始めた2018年は鳴かず飛ばずといった状況で、「これはしっかり営業しなきゃだめだ」と改めて思ったんです。

ものづくりをしている人ってよく「食べたらわかる」って言うんですけど、そもそも食べてもらうフェーズにこぎつけるまでが大変じゃないですか?そこで、当時新商品として作った自農場の豚肉を使ったレトルトカレーを鞄につめて、東京に向かいました。まず食べてもらえる機会と人を増やそうと思って。

倉持 信宏さん

かといって突然道端で営業するわけにもいかないので、人と会って繋がりを作ろうということで、Twitterなどを使っていろんな方々の集まりの中に入っていきました。自分に社会人経験がまったくなかったので、東京の人から学ばせてもらいたいという思いも強かったです。

そのコミュニケーションの中で、営業というよりはご挨拶代わりにこのカレーを渡していました。当時はよく「『食べられる名刺』なのでぜひ」という枕詞をつけていましたね。

やっぱり人と会うことのパワーってすごくて、少しずつ「こいつこんなことやってるんだ」というところから購入をしてくれたり、実際にカレーを食べて「美味しかった」と感想を共有してくれたりする人が増えてきたんです。

なので、じわじわと売上が増えてきたのはこのカレーを作って、名刺として配り始めてからです。「カレー屋さん」みたいになってた時期もありましたね。「山西牧場」で検索をかけると、サジェストに「カレー」がでてきたりして(笑)。

(笑)。でも、それくらいカレーを用いた活動のインパクトが大きかったんですね。

倉持 信宏さん

間違いなく、流れを変えてくれたのはこの活動だったと思います。

カレーで自農場の認知も広げつつ、Eコマースの運営方法などたくさん学ばせてもらって。見聞きしたことが自分のやりたいことに即しているようであればとりあえずやってみるという姿勢で、自社Eコマースにもどんどん改善を加えていきました。

東京に通って営業をするという、かなり地道な取り組みが売上拡大の火種となっていたのは意外でした。倉持さんの絶対にEコマースを成功させるぞ、という強い思いを感じます。

倉持 信宏さん

レストラン営業でうまくいかなかった経験で少し焦りがあったのもありました。このEコマースも成長させられなかったら、どれだけ商品が良いと思っていても指名買いの未来は空想で終わってしまうと感じて。

Eコマースが軌道に乗る前のなかなか売れない間にも「商品が良い」と信じ続けられたのは、単に自分たちが美味しいと思っていたというだけでなく、食べてくれた人たちが本当に目を見開いて「美味しい」と言ってくれた体験が根本にあるんです。なので、商品自体には戦えるパワーがあることには確信がありました。

売れるかどうかは自分の見せ方や売り方にかかっていると強く感じていたので頑張れたんだと思います。信念を持って作っているプロダクトに責任は負わせられないですから。

Shopifyは、自社Eコマースでの学びを形にできるツールだった

2020年にはShopifyを利用してショップのリニューアルをされましたよね。プラットフォームとしてShopifyを選んだ理由は何でしたか?

倉持 信宏さん

Shopifyを選んだのは、当時のプラットフォームの中で決済手段が豊富だったところに魅力を感じたからでした。

Wixで作成したEコマースでは、決済手段の選択肢が少なかったことで結構苦労したんです。お客さんがカートページでJCBカードが選択できなかっただけで購入をやめてしまうなんてことはザラにありました。そんな経験から、人はスムーズに会計ができないだけで購入意欲が大きく削がれてしまうんだということを身にしみて実感していましたね。

スマホでのショッピングが増えている今、ApplePayなどiPhoneでの決済に特化したシステムもしっかり拡充すべきですよね。ここが満足にできるというところは、Shopifyの一番の魅力でした。

これまで運用されてきたEコマースでの経験を生かしているところが素晴らしいです。Shopifyの強みが、倉持さんの求めていたものにぴったりハマったんですね。

倉持 信宏さん

そうですね。加えて、当時のイケてるショップが軒並みShopifyに参入しているのを見たことも大きいです。これはShopify全体をイケてるマーケターが引っ張っているんだろうと感じて、Shopifyの未来に確信を得る裏付けになったと思います。

チョイスの仕方がさすがだと感じました。自分がイケてると感じるEコマースを参考にするというのは、とても正しい選択方法ですよね。

ShopifyでEコマースを作るにあたって、クラウドファンディングによる資金集めを実施されていたと思います。結構珍しい方法だと思うんですが、この経緯はどういったものだったんでしょうか?

倉持 信宏さん

初めてWixでEコマースを開設したときから、いつかしっかりお金をかけてHPを制作したいとは考えていました。

というのも、もともと大学時代の友人がデザイン関係の仕事についていて、制作物を見せてもらう機会があったんです。やっぱりプロが作ったものはかっこいいな、頼みたいな、と思ったんですけど、費用を聞いて「これは無理だ」となって。

「いつかは絶対頼みたいから、1年くらい待ってくれ」という話もしていました。その1年で営業活動などを通して人とつながっていくなかで、「やるなら応援するよ」と言ってくださる方もいたので、資金集めの手段としてクラウドファンディングを立ち上げたんです。

営業活動をしていたからこそ、クラウドファンディングの実施に踏み切れた側面もあったのですね。

倉持 信宏さん

そうですね。ありがたいことに徐々に応援の輪が広がっていることを感じていたので、全く支援が集まらない……みたいなことにはならないだろう、と思えたのは勇気になりました。

加えて、クラウドファンディングを始めたことで新しく山西牧場の名前を知ってくださった方がいたのも嬉しかったです。結果的に非常に多くの方から応援をいただけて、やってよかったなと思っています。

Shopifyへの移行にあたっては、クラウドファンディングの資金を用いてプロのデザイナーさんへの委託をされたんですよね。委託を実際にされてみていかがでしたか?

倉持 信宏さん

自分で作ったときと比べると、良かったことも悪かったこともありました。

良かったこととしては、やはりロゴやサイトのトンマナがしっかりと整って、統一感のあるデザインになったことです。頭の中にあったイメージを形にしてもらえる方と一緒に仕事ができたことは、貴重な経験だったなと思います。

ちょっと難しかったのは、デザイン性とマーケティング視点のUI/UXをうまく組み合わせることでした。スマホ操作に合わせて、親指を置きやすいところに重要なボタンを置きたいとか、サイト内の回遊構造をお客さんにとってわかりやすくしたいとか。いかに使い心地を良くするか、ということがスタイリッシュさよりも優先されるべき場面はあると思っていて、そのあたりは細かく調整をしましたね。

なるほど。マーケティング視点のお考えをしっかり反映できたのも、ご自身でEコマースを運営されてきたからこそですよね。

芯のある商品開発が魅せる、山西牧場のブランド力

実際のEコマースの運営についてもお話を伺えればと思います。山西牧場さんでは『ぶたづくし定期便』や『ハムやベーコン』、『レトルトカレー』『餃子』など、様々な売り方に取り組まれていますが、こういったアイデアはどのように生まれているのか教えてください。

倉持 信宏さん

商品開発では、それぞれ意味や目的を持って作ること、継続して生産していくことの2つを大事にしていますね。

「意味や目的を持って作る」ことに関しては、どの商品も、食べた上で最終的には素材の良さにたどり着いてほしいという軸をブラさないようにしています。

例えばレトルトカレーは手軽にお肉を楽しんでいただけて、親しい人へのお土産等にもしやすいように、と開発したものです。常温で、長持ちで、持ち運びができて、味付けに悩まないのがレトルトカレーの魅力ですが、豚肉の良さがかすんでしまうような商品にしてしまうと、本来の目的を果たせません。お肉は大きくカットし、味や食感を楽しんでいただけるように。ルーはお肉を引き立たせることを重視して、スタンダードな味わいに。お肉が主役だからこそ、山西牧場のカレーは美味しいのだと自負しています。

ハムやベーコンにおいても、技術が高くこだわりの強い工房に自ら足を運び、一緒に商品を作り上げています。豚本来の美味しさをグッと引き出した、素材以上の味を楽しんでもらえる商品にしたいという想いが強いです。

一方で「継続して生産していく」ことも、忘れずに考えているポイントです。僕たちは工場を持っているわけではないので、生産した豚肉の加工は外部の優れた工房に依頼する必要があります。そこで、毎回違うものをお願いしたり、数回依頼をしただけで取引を終わらせてしまうみたいなことをすると、工房側にとっては全く利益にならないと思うんです。

良いものをこだわって作ってくださるからこそ、1度作ったものは定期的に依頼し続けたいですし、しっかりと責任を持ってお客さんに届け続けたいと思っています。制作費も提示されたものを値切ったりはしないので、価格も少しリッチになりがちではあるんですが、それも良い商品が生まれるからこそです。

工房の方々とは、どちらが依頼主だから、依頼される側だからとかは関係なく、対等に良い関係でありたいと思っています。

豚肉の美味しさを知ってもらうためという軸がEコマース立ち上げのタイミングから商品開発まで一貫して通っているのが本当にすごいと思います。きっと、お客さんにも伝わっているでしょうし、それこそが山西牧場さんのブランド力につながっているんだろうな、と。

倉持 信宏さん

そうだといいなと思います。実は、自農場の豚肉のキャッチコピーとして使っている『飲める脂』も、最初にこの表現をしてくれたのはお客さんなんです。

やっぱり、食べた人が豚肉そのものを褒めてくれるのを見ると、「自分のやっていることは間違いじゃなかったんだ」と思えますね。これからも、スタンダードを貫きつつ、味わい方や食べ方でバリエーションを出すことで豚肉の良さを伝えていきたいと思っています。

もし、商品開発以外にもD2C事業者としてインパクトが大きかった・やってよかった施策があれば教えて下さい。

倉持 信宏さん

実際に生産したものを食べていただく機会を設けるというようなイベントは主催で実施をしてよかったですし、今後も情勢を見ながらではありますがやりたいと思っています。直接交流や試食をしてもらうことで、強い気持ちで応援してくださる方に出会えることには非常に大きな意味あると思うので。

もう一つ、商品の開発段階からその制作過程を公開するという試みも、かなり反響がありました。お世話になっている方に今度餃子を作ろうと思っている、という話をしたときに、「それをそのまま発信したらいいじゃん」とアドバイスを頂いたのをきっかけに始めた試みです。

たしかに、僕らくらいの規模の会社だからできることかなと思って「餃子を作るぞ~~!」という形でTwitterで発信をしたら、気になる、楽しみといった反応が多くて。ああ、やっぱり「できました」より「作っているよ」という発信のほうが、楽しみにしてもらいやすいんだと思いました。

そこで、試作2回目、3回目という開発の過程や、パッケージの制作についても定期的に発信したら、やっぱり完成して発売したあとの初動が全然違いましたね。お客さんの期待の熱量が見えるのが嬉しくてモチベーションにもなりましたし、販売数も見込みやすいという点でもよかったです。

変化を与える難しさ。山西牧場2代目としての苦悩とは

お話を伺っていると、倉持さんは今すごく仕事を楽しまれているんだなと感じます。一方で、Eコマースを始めた当初は楽しめていなかった時期もあるのではと思うのですが、どうでしょうか?

倉持 信宏さん

そうですね。最初は何やったらいいのかもわからないような状態だったので、本当に苦しかったです。楽しくなり始めたのは、お客さんが「美味しい」「気になる」と言ったふうに喜んでくれているのを実感できるようになったここ1~2年かなと思っています。

とくに最初、東京に通っていたときなどは、身内からの視線が痛く感じたこともありましたね。しょっちゅう都内に行っては深夜に帰ってくる生活だったので、親父の代からいる人たちからは理解を得づらかったというか。

な、なるほど。ともすれば遊んでいるようにもとられてしまいそうですね。

倉持 信宏さん

そうなんです。僕としては、東京の人と交流するなかで「豚って面白いんですよ」という話をして、押し付けにならないように気をつけつつカレーを売り込む、というチャレンジの繰り返しだったんですけど、はたから見ると遊んでるように見えちゃう。

その時期はやっぱり、ちょっとしんどかったです。

理解を得られるようになったタイミングはいつ頃だったのでしょうか?

倉持 信宏さん

Shopify立ち上げのためのクラウドファンディングが成功して、実際に商品が売れるようになってきてからかなと思います。成果として数字を見せることができるようになってから、若干雰囲気も和らいだ感覚がありましたね。

山西牧場さんは、初代が先代――倉持さんのお父様ですよね。とすると、倉持さん自身は2代目としての苦労も多かったのではないですか?

倉持 信宏さん

元からいる社員さんとのコミュニケーションは難しかったですね。現場で働いている方は、すでに同じやり方を10年~20年と続けている。その中に突然自分が入って何かを変える、というのはこんなに難しいことなんだと思いました。

なので、一旦現場は離れることにして、現場以外のところで何かしらの結果を残そうと思ったんです。今では、Eコマースで成果を出せたことで、関係性も変化してきているかなと感じています。現場とも「こんな商品は作らないの?」という形で相互のやりとりが生まれたり、僕が現場の人材の採用を担当したりしていますね。

現場では無駄を省いてマイナスを0にする取り組みをしてもらっている一方で、僕はEコマースで0を1にしていく部分を担っているメージです。それぞれで役割分担をしながらも、同じ方向を向いて取り組んでいけるといいよね、と話しています。

全国の商工会議所を回っていた経験からですが、一家で事業を営んでいる場合、2代目の方が大きな変化を起こす例は稀だと感じています。大体、初代が興して、2代目はそれを守り、3代目が広げていく……という動きが一般的かと思うので、倉持さんが2代目としてチャレンジをするには相当のパワーが必要だったのだろうなと。

倉持 信宏さん

そうですね。会社の中での立場も難しいですし、外との交流で迷いそうになったこともありました。

東京でカンファレンスなどに参加していると、たまにスタートアップの人たちがすごくキラキラして見えたりするんです。これから資金調達して、メンバーを増やして、みたいな話をしているのを見て、自分は何ちんたらやってんだ、と思ったり。

でも、そもそもやっているゲームが違うんだと思い直しました。養豚家の2代目としては、やっぱり長く続けていくことが大事で、目先の売上ばかりを気にしていては10年後、20年後に立ち行かなくなってしまう。長いスパンで見て考えるところに重きを置こうと考えてからは、だいぶ楽になりましたね。

「リピート」こそがEコマースの本質。これからEコマースを始める人へのアドバイス

山西牧場さんのように、お客さんと直接繋がりたいという第一次産業の従事者さんは多いと思います。これからEコマースを始める人にアドバイスをお願いします!

倉持 信宏さん

自分の作ったものが良いものだと思うなら、人に届けてみないとわからないからこそ、そこに力を尽くすべきだと思います。

第一次産業がEコマース事業に本格的に参入するのであれば、まず事業者がしっかり腹を決めなさい、と言いたいです。僕もEコマースのことなんて何もわからないところから始めたので、スタートは誰でも一緒です。若いから、詳しいから、で丸投げするのではなく、自分でスマホを持つ覚悟をしましょう、と。

まずはやってみる。少しやってみてうまくいかないからやめるのではなく、継続をしてみる。そんな中で、ユーザーの反応を見たり、経験から考えたりして、どれだけ本気で学べるかが鍵だと思うんです。最初は誰だってうまくいかないものですから、凹む覚悟をしておくくらいの気合は必要ですね。

僕は、Eコマースでいちばん大事なのは「売れること」より「リピートされること」だと思っています。リアルとEコマースの一番の違いは、現物を見ることができないことです。ネット上で商品を見て、情報だけで購入をしてもらうということは、商品の値段分のお金をかけて価値に投資してもらっているのと同じことですよね。

期待と信頼を前借りしているからこそ、実際に商品を届けたあとでそれに応えることができたか?という部分に、本質的な価値が見えると思うんです。期待を超えることができなければ、きっとお客さんは「ふーん、こんなものか。次に行こう」と思ってリピートには至らないでしょう。

でも、お客さんの期待以上の体験や時間を届けることができれば、その衝撃は「もう一回食べたい、体験したい」という思いからリピートにつながると思います。

売ることよりも、購入した人が満足してくれたか、期待値を超えられたかというところに目を向けないと、長い商売には絶対ならない。人に実際に届けてみて、記憶に残る体験を残せるような仕事ができてこそ、Eコマースは意味を持つんじゃないかなと思いますし、そんな仕事がしたいと思っています。

ありがとうございます。最後に、これから山西牧場さんの展開・展望について、可能な範囲で教えてください。

倉持 信宏さん

まずは、自農場に勤めてくれているスタッフが誇りを持って働ける環境や待遇にしていきたいです。

農業に魅力を感じて集まってくれる人は多くても、結局待遇の面で断念をして、周辺ビジネスに流れていってしまうケースを懸念していて。完全週休2日制など、働きやすさを変えていくことで、現場に若い人が入りやすい土壌を作っていきたいなと思っていますね。

そしていつかはEコマース販売を通してだけでなくリアルの店舗を持つことができたら良いなと考えています。もともとショールーム的な場所もほしいと思っていたので、よりお客さんと直接コミュニケーションできる場が生めたら嬉しいですね。

いつか店舗にお邪魔できる日を楽しみにしています。本日は貴重なお時間をいただきありがとうございました!

編集後記

「どうすれば直接消費者に山西牧場の美味しい豚肉を届けられるか」。

自社Eコマースの開設から、商品開発、今後の展望に至るまで、倉持さんの中に一貫するこの思いはぶれていないのだとわかり、感動しました。
商品に自信があるからこそ届けて実感してもらうことに妥協しない姿勢について、当然のようにお話しいただきましたが、きっと誰でもやりきれることではないのだと思います。

これからも、山西牧場が見せてくれる美味しくて心が躍る豚肉の可能性を、楽しみにせずにはいられません。

 

インタビュー、文:松本 涼花
編集:大西真央/阿部 圭司
写真:阿部 圭司

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