
タマチャンショップ キャプテン兼代表取締役 田中 耕太郎さん
福岡県の専門学校を卒業後、上京。番組制作会社やリサーチ会社で3年ほど働き、結婚を機に都城市へUターン。3代続く椎茸農家を継ぎ、原木栽培の椎茸販売をメインにした実店舗をオープンしました。2003年のインターネット通販黎明期から本業の椎茸販売を開始。現在では雑穀やナッツ、スーパーフード、お茶、そしてオリジナルの健康食品やコスメなど、「食」に関するさまざまな商品を扱っており、2025年に楽天出店21年目を迎える。ショップ名の「タマチャン」は、田中耕太郎氏の父・茂穂氏の妻の名前に由来します。
目次
「楽天で買った」から「タマチャンショップで買った」へ。薄利多売から抜け出した、数字を見ないEコマース戦略
宮崎県の椎茸農家から始まり、楽天市場で8度のショップ・オブ・ザ・イヤーを受賞するまでに成長したタマチャンショップ。独自の商品開発とショップ規模の拡大スピードの速さで、全国的な注目を集めているタマチャンショップの成功の秘訣について本日は、色々と深堀りしてお話をお伺いしていきます!

ありがたいことですが、実は私たちに語れることはあまりないんです。これまで、パッションでやってきたようなものなので。
パッションだけで、ショップ・オブ・ザ・イヤーを8度も受賞できないと思うのですが…。

実は、最も成長していた時期は売上など経営に関わる数字をほとんど見ていなかったんです。意識していたのはシンプルに、「お客さんにわくわくしてもらい、感動してもらうことで、いい意味で期待を超えること」だけでした。
ショップ・オブ・ザ・イヤーの授賞式に参加する時間があるなら、その時間をショップの改善に使いたいと考えていたので、ほとんど授賞式にも出席していなかったんです。それでも毎回、受賞の連絡をいただけることは本当に奇跡のようで、とてもありがたく思っています。

「数字を見てなかった」とは、具体的にどのくらい見ていなかったんですか?

タマチャンショップを始めてから約15年間、1度も数字をちゃんと見ていなかったんです。社員も増え、給料もちゃんと払えているから、うまくいっているなぐらい。
私にとっては、年に1度の決算時に売上を確認する程度で、学校の成績表をもらうような感覚でした。
それは意外ですね。以前から、そういった経営スタイルだったのでしょうか?

いいえ、実は現在のタマチャンショップの前身となるショップでは、現在のスタイルとは真逆で売上の数字ばかり追いかけていました。
当時はネット通販の黎明期で、「何が何でも売れてやるぞ!」という熱意でEコマース運営をしていました。しかし、競合も増え、薄利多売に走るうちに華やかに見えていたEコマースの世界が「こんなにも地味で大変なのか!」と気づき、疲れ果ててしまって。
そこからどのように現在のスタイルに変わっていったのでしょう?

「このお店が上手くいかなかったら納得して引退できる」と思えるくらい、自分が満足できるお店を作ろうと決意したことがきっかけです。
「お店=私自身」という考えで、私の個性やお店を通じて伝えたいことを再定義したのが、ブランディングの第一歩でした。
具体的に、どのような取り組みから始められたのでしょうか?

まず、タマチャンショップのコンセプト作りに1ヶ月かけました。当時はiPhoneが発売された頃で、Eコマース業界では商品のスペックや機能による差別化が主流でした。そのため、明確な店舗コンセプトを打ち出すEコマース事業者は当時は1、2社程度しかありませんでした。
しかし、機能による差別化だけでは、いずれ競合に埋もれてしまう恐れがあります。商品のスペック競争には限界があるため、「ものを売る前に、まず私たちが何をやりたいのか」をお客さまに伝えることが重要だと考えました。
そうしなければ、お客さまは「タマチャンショップで買った」ではなく「楽天で買った」と言うでしょう。私たちが目指すのは、お客さまに「タマチャンショップで買った」と指名して購入していただけることです。そのためには、私たちのコンセプトを明確に伝えていく必要があると考えました。

そのコンセプトについて、もう少し詳しく聞かせてください!

タマチャンショップは「美と健康を楽しむ世界を作る」というミッションを掲げ、その中心に「食」を据えています。「食」は単なる空腹を満たすものではなく、心と体の両方を満たすものと考えています。
例えば、おいしいパンケーキを食べているとき、人はネガティブな感情よりも幸せな気持ちの方が大きくなりますよね。
この「食を通じて世の中を良くしたい」という想いを伝えるため、1ヶ月かけてデザイナーと共にコンセプトページを作成しました。そして、この想いを最初にお客さまに伝えたいと考え、ショップページの最も目立つ位置にコンセプトページを設置しました。
このように会社のコンセプトを明確に打ち出すようになってから、休眠していたお客さまが戻ってきてくださったり、新商品がすべて売れるようになりました。
タマチャンショップのお客さまは、商品のスペックではなく、私たちの想いに共感して購入してくださる方が多いのです。その結果、価格競争に巻き込まれることも少なくなりました。

キーワードは「おすそ分け」タマチャンショップ流、新しいコミュニティの形
コンセプトの「食」についてさらに深掘りしていきたいと思います。地方発のEコマースならではの強みの1つが、地元の「良いモノ」を全国に発信できる点ですよね。独自の商品開発で知られるタマチャンショップでは、地元の素材を活かし、地場産業への貢献も意識されているのでしょうか?

私たちはもともとしいたけ農家からスタートしたので、日本のもの作りや第一次産業を残していていきたいという想いを根底に持っています。商品を作る際も、地元の素晴らしい素材を取り入れることを心がけています。
しかし、地元の素材を使うことだけが目的ではありません。地元を活性化することも素敵なことですが、私たちは「地元だから」という縛りではなく、より広い視野で「美と健康」をテーマに商品開発を進めています。その中で、作り手の想いや努力を伝えられるのが、Eコマースの良さだと感じています。

D2C業界では「ストーリーで売る」時代を経て、現在ではブランディングの重要性がさらに注目されています。しかし、タマチャンショップは15年以上前からその取り組みを続けていますね。

確かに、最近はブランディングが注目されていますが、私たちは昔から変わらず大切にしてきたことなんです。
事業の進め方には「マーケットイン」や「プロダクトアウト」がありますが、どちらが正解というわけではありません。ただ、私たちの場合、「マーケットイン」だけに頼ると、業績が良いときはいいですが、悪化した時に「何のために会社を立ち上げ、誰を幸せにしたいのか」の原点に迷ってしまうことがあります。
だからこそ、常に「何のためにこの事業をしているのか」を考えることが大事だと思います。
Eコマースをこれから始めたいと考えている方々に向けてのアドバイスにもなりそうなエピソードですね。

今はEコマースを始めやすい時代ですよね。その分、挑戦しやすい反面、失敗もつきものです。
失敗すること自体は悪いことではありませんが、避けられる失敗は防げるに越したことはありません。そのためには、「なぜこの事業をやりたいのか」をしっかり考えることが大事です。この「原点」が、自分たちを支えてくれる軸になると思います。
タマチャンショップは、ブランディングだけではなく「タマリバ」のコミュニティマーケティングの成功事例としても注目されています。コミュニティ運営で意識していることがあれば教えてください。

実は、「コミュニティを作ろう」と意識したことはありません。「美と健康を楽しむ世界を作る」という文化を育てる取り組みが、結果的にコミュニティになったという感じです。
そして、文化を育てるには、企業だけでは力が足りません。だからこそ、お客さまと一緒にどうやって作り上げるかを出発点に考えていました。
InstagramなどのSNSでお客さまが商品を楽しんでいる様子を見ると、私たちの想いがお客さまに届いているんだな、と実感します。

ブランディングの延長線上にあったのが「タマリバ」だったということですか?

そうですね。ブランディングを行う中で、無理をしてマーケットインのように「売れるものを売る」というやり方に矛盾を感じていました。そうした想いから生まれたのが「タマリバ」で、村をイメージして作りました。
村ですか…?

公民館に集まって、お互いに今日採れた野菜を物々交換するような、昔ながらの温かい雰囲気が理想です。
タマチャンショップのお客さまは本当に熱心で、友人や家族に商品をおすすめし合ってくれるんです。知人から「実家に帰ったらタマチャンショップの商品があった」と報告をもらった時は、そのくらい身近な存在になれたら嬉しいと思いました。
お客さまの熱量はどのようにして生まれたんですかね?最初からあったものではないと思うのですが…。

特別な仕掛けをしているわけではありません。しかし、私たちの活動や想いを一貫して伝え続けることを大事にしています。それが自然とお客さまとのつながりになり、今のタマチャンショップの土台を一緒に作ってくれてるのかなと感じています。
「タマリバ」を作ったことで、普通ならこの人生で出会うことのなかった人たちが繋がり、食を通じて幸せになっている。それを見ると、「この取り組みに意味があったんだな」と思えます。
コミュニティ内の口コミって最強のマーケティングですよね。口コミが広がり、現在のような強い土台ができるまで、どのくらいの時間がかかりましたか?

ブランディングを始めて2〜3年ほどで口コミが増えてきたと感じました。当時はSNSが普及し始めた頃で、商品のレビューよりは「おすそ分けでもらった」という口コミが多かったです。
実際に「お裾分けでもらった商品を買いたい」という問い合わせも増えたため、おすそ分け用の袋を販売したところ、これがまた大好評でした。

お客さまが勝手にサンプリングしてくれてるんですね(笑)

そうなんですよ。職場や実家に持って行ってくださる方が多かったんです。だから、おすそ分け用の袋を1枚5円ほどで販売したところ、予想以上の反響がありました。
特に実家に置いてあると、子どもから親へ、親から子どもへと自然に伝わっていくんですよね。そうすることで、タマチャンショップの商品が「家にあった」という記憶が、潜在意識に残るのかもしれません。
潜在意識に直接語りかけるマーケティング…強い。一方で、タマチャンショップの掲げる「美」や「健康」は1日で実感が持てるものではないと思うんです。継続的な健康効果を伝えるのは難しそうですが、どのように工夫されていますか?

ランディングページや同梱物で、「続けることが大事」と丁寧に伝えています。そのため、タマチャンショップのLPは約3〜5mで長いんです(笑)。

5mのランディングページ!?

一般的にランディングページは短い方が離脱率が低く、購入につながりやすいとされています。しかし、タマチャンショップではあえて長いランディングページを採用しています。これはiPhoneの取扱説明書をすべて読んでから購入してもらうイメージです。
お客さまの悩みから始まり、様々な感情をランディングページで丁寧に接客することで、商品が届く前から「私は変われる」という確信をお客さまに持っていただけるほどの熱量を込めています。
5mのランディングページは、早く買いたいと思っているお客さまにとっては長すぎじゃないですかね?

私たちはランディングページを「購入のための接客」ではなく、「購入前からの関係構築」と考えています。そのために、お客さまの現在の悩みをヒアリングし、購入から1週間後の理想の状態をイメージしていただきます。その結果、商品への信頼感が高まり、体験した喜びや実感を家族や友人に自然と話したくなるのか、それが口コミとなり自然に広がっていくんです。
自分で決意して、達成できた体験は説得力のある最強の口コミになりますよね。

そうなんですよ。だから、私たちは一貫した想いと活動を継続的に伝えることで、お客様の中でタマチャンショップのブランドが確立され、自然な拡散につながっています。
タマチャンショップの成功は他の店舗では再現性がないように感じる一方で、すごく本質的な話にも感じます。

「再現性がない」とよく言われます。しかし大切なことはとてもシンプルで、お客さまと真摯に向き合い、強い関係性を築くこと。お客様の信頼関係があってこそ、お客様同士のつながりも生まれると考えています。
こうした取り組みを続けていくには、ブランドとして目指したい明確な想いが必要不可欠です。
「Eコマースでは売れるのに実店舗では売れない…」からパッケージを変えるだけで年間1万個の大ヒット!
タマチャンショップのブランド戦略について、今後の展開をお聞かせください。

これまではEコマースを中心に展開してきましたが、海外からの需要増加を受けて、リテール戦略にも力を入れていきたいと考えています。
しかし、オンラインショップで人気の商品パッケージが、実店舗ではまったく売れないという課題がありました。

その課題をどのように解決されたのですか?

『オサカーナ』というアーモンド小魚の商品で試験的な取り組みを始めました。
子どものころに食べた給食でもおなじみのアーモンド小魚は、食べ始めると止まらなくなる魅力的な商品なのに、パッケージが地味だったんです。だから、現代のライフスタイルに合わせて自分でパッケージデザインを一新し、自ら店舗で手売りすることにしたんです。
社長自らパッケージをデザインして、店舗で手売りですか!?

社内のデザインナ―に「ちょっと、やりたいことあるんだけど」と密かにパッケージを作り、仕事後に工場で製造して店舗に直接納品しました。
そして、店長に相談して店舗の棚のスペースをもらい、販売を開始したところ、1年間で1万個も売れる大ヒット商品になったんです。

中身は全く同じアーモンド小魚なのに、パッケージが変わるだけでそれほど売れたのは予想外の反響だったのではないですか?

正直、最初は気分転換のような感覚で始めました。
僕も自分の仕事があるので、仕事終わりに1日15個ほどしか作れなかったため“幻の商品”と呼ばれるほどになり製造が追いつかなるほどの反響は想定以上でしたね。そのタイミングで初めて製造部チームに協力を依頼して、少しずつ生産体制を整えていきました。
海外からの需要増加については、どのような販売戦略を見据えているのでしょう。

これまでは国内市場を意識して商品開発してきましたが、インバウンド需要の増加と、日本の人口減少によるマーケット縮小を理由に、来年からはグローバル展開も強化していく予定です。
日本市場も大切にしながら、グローバル展開を進めていくことで、タマチャンショップの本質的な価値を、より広く届けられると考えています。

具体的にどのような取り組みを?

まず、商品デザインを徐々に変更しています。「オサカーナ」や「タンパクオトメ」のような遊び心のある日本らしいネーミングは残しつつ、海外のお客様にも伝わるように翻訳をしたり、認知されやすいデザイン要素も取り入れています。
加えて、原材料も見直しています。動物性原料を植物性に置き換え、ビーガンやベジタリアンの方々にも楽しんでいただける商品開発に挑戦しています。美味しさと健康価値は維持したまま、より多くの方に受け入れられる商品に挑戦していきます。
今後、一気に舵を切ることで新しいタマチャンショップへとアップデートされそうですね!ぜひ、その挑戦の後にもお話聞かせてください!
編集後記
インタビューを通して、タマチャンショップや田中さんの歩みを深く知るにつれて、成功の裏にある地道な努力や情熱、そして意外な一面に触れることができました。
「まさか自分の人生がここまで“食”にのめり込むとは思っていませんでした」と語る田中さん。もともとは音楽の道を志していたという意外な経歴もお話いただきました。
そして、目指すべき世界が「美と健康を楽しめる世界を作る」という一貫したビジョンに支えられ、「これで正しいのか?」という不安は今でもずっとあるとおっしゃっていましたが、それを信じて没頭してきた姿勢は、今の成功を納得させるものでした。
また、地元の同窓会に行くと、同級生から「一番成功してるよね」と言われる田中さんですが、学生時代は勉強が苦手で、テストで0点を取り続けるやんちゃな一面もあったとか。
田中さんからお話いただくエピソードからは、人との関係性や人間らしい温かみが今のタマチャンショップの文化づくりに影響を与えていることを感じました。その根底には「お客さまと一緒に文化を育てる」という謙虚で素朴な想いが根付いているのかもしれません。
文 :杉山 美和
写真:杉山 美和、関 大二郎