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店舗とEコマースの垣根がない!土屋鞄の歴史から紐解くEコマースの活用方法
1965年に東京の足立区の工房から始まった土屋鞄。子どもだけでなく、大人も欲しくなるランドセルとして、土屋鞄のランドセルに憧れるご家庭も多いのではないでしょうか。今回は、オンラインよりは、実際に店舗に足を運んでお子さんと一緒に選ぶイメージが強いランドセルにおいて、Eコマースと小売とを上手く連携させて顧客体験向上につなげている土屋鞄さんの取り組みについてお伺いしていきます!
よろしくお願いします!おっしゃるとおり、ランドセルを決めるにあたって、オンラインだけで完結することはほとんどありません。
土屋鞄の場合、毎年2月頃からお客さまにお届けするランドセルのカタログを基にお子さんと購入するランドセルの目星をつけてから店舗に足を運んでくださるお客さまが多いです。
やはり、実際に店舗でランドセルを手にとってから購入される方が多いんですね。皆さん、最終的に何を確認しに来店されることが多いのでしょう。
背負ったときのランドセルのフィット感もありますが、お客さまが1番気にされるのは「色」ですね。
土屋鞄さんのランドセルは、彩度があまり高くない色合いが特徴的ですよね。
ランドセルを6年間使い続けて欲しい想いでお届けしているので、あまり幼すぎる印象のデザインにしないようにしています。
ランドセルを選ばれるお子さんは、5歳前後ということもあり明るくてキラキラしたデザインを選びがちです。しかしその様子を見て、高学年になった時のことを心配される親御さんも多くいらっしゃいます。そのため、土屋鞄のランドセルはあまり彩度を明るくしすぎず、明るい色合いでもスティッチの色をシックで落ち着いた金具にするなど、高学年になっても似合うような色合いとデザインを心がけています。
なるほど…!店舗で購入される方がほとんどとなると、具体的にオンラインショップはどのように活用されているのでしょう。
土屋鞄では国内に構える直営店11店舗以外に、全国各地でランドセルの出張店舗を行っています。
しかし、出張店舗というリアルの場において、検討時間が限られたり、お支払いなどでおまたせしてしまう時間を短縮するために、ご自宅でも決済できるEコマースでのオンライン決済をご案内したりしています。
オフライン販売でのネガティブな部分を補完するイメージでしょうか?
そうですね。お客さまにはできるだけストレスなく、スムーズに購入できる場として提供しています。
実店舗とオンラインとの連携にお悩みを抱える事業者さんも多い中、なぜ土屋鞄さんでは実店舗とEコマースの連動が上手く機能しているのでしょうか。
「店舗とオンラインショップを上手く連携させるにはどうすればいいですか」とEコマースの事業者さんから質問をいただくことも多いです。
しかし土屋鞄の場合は、オンラインショップ開始直後から、実店舗とオンラインショップの垣根なく始まっているのが、他の事業者さんとは大きく異なる点かもしれません。
そもそもの出発点が違ったのですね。なぜ、土屋鞄では最初からDX(デジタルトランスフォーメーション)の取り組みを進めることができたとお考えですか。
土屋鞄は、足立区の工房から始まり、Eコマースで認知や売上も広がった歴史的背景があります。だからこそ、最初から店舗とオンラインショップで異なる売上目標やお客さまの奪い合いのようなこともなかったと聞いています。
そのため、店舗とオンラインの垣根なく年間の予算管理も行っており、相乗効果で売り上げを立てていく関係性が出来上がってるので、社風と言ってしまうと元も子もないですかね。
それ、なんのためだっけ?より良い顧客体験のために目指す三方良しの社内フローの整備
オフラインとオンラインの良いところを組み合わせた顧客体験の1つ1つに土屋鞄さんの気遣いを感じます。顧客体験戦略室室長として北山さんが取り組まれた具体的な事例があれば教えて下さい!
年間6枠に分けて管理していたランドセルのご注文受付完了からお届けまでの時期を、生産でき次第の配送に変更し、お客さま側でのお届け時期の指定の項目を削りました。
従来は年間6枠に分けて出荷月を管理しており、お客さまのご指定した日時に合わせて生産を行っていました。しかし、年間6枠の注文期間があることで出荷月によって品番ごとの生産数にばらつきがおき、工房の生産効率を下げてしまう要因にもなっていました。
また、オンラインショップでよくある「指定日配送」もランドセルにおいては納期の枠を求める方が非常に少ないことがわかったんです。
そうなんですか?
日時指定の機能があれば大多数の方が入学式に間に合うように3月前後を指定をします。すると、2〜3月に発送が集中し、工房の職人の生産が大変になるだけでなく、万が一配送ミスがあると大事なハレの日にランドセルが届かないことが最大のリスクになり得ます。
つまり、大切なことは指定した日時に届くことではなく、「入学式までに間に合うこと」なのではないかと考えました。そのため、従来の「指定日配送」を無くし、ランドセルの生産が完了した順番でお客さまにお届けするように、社内の生産フローを変更しました。
生産完了の順番というのは、注文が入ったタイミングで作り始めるということでしょうか?
いえ、ある程度の注文数が溜まったタイミングで生産を行います。なぜなら6回の締め切りがある従来の生産工程では、その期間に受注した分の品番が変わるごとに作業フローをリセットして、組み直す工程が発生し生産効率を落とす要因になっていました。
そのため、バラバラの品番をたくさん作るよりは、同じ品番をたくさん作る方が職人のミスも減らす事ができるだけでなく、材料の調達もしやすくなり生産効率向上に繋げることができます。
従来の生産フローを大きく変えるにあたって、社内からの戸惑いの声などはありませんでしたか。
社内からは「いつ届くのか?」という問い合わせが増えてしまうのではなどさまざまな懸念の声が上がりました。
そのため、今まで事前にお伝えしていた納期をなくす代わりに、マイページで注文した商品を「製造中」「出荷準備中」と「出荷」の3つのステータスで確認できるように仕様変更を同時に行いました。
お客さま自身でステータス確認ができれば、注文がちゃんと通っているかなど不要な心配をすることもなくなり、安心ですよね。
ステータスが確認できても、注文からお届けまでの時間があいてしまうことで、引っ越し等で購入時の住所が変わってしまうお客さまも多くいらっしゃいました。
従来フローでは、当社のカスタマーセンターの受注相談窓口に頂いたメールや電話を1件ずつ担当者が手動で住所変更の対応をしていたのですが、そこには多くの人員とコストがかかっていました。
しかし、今回の仕様変更に伴い、出荷の2週間前にお客さまに「そろそろ出荷の準備ができます」という発送準備確認メールをお送りすることで、発送前10日以内であればお客さまご自身で住所変更ができる仕組みも合わせて実装しました。
いくらお客さまのためとはいえ、それで生じる負担を社内のメンバーに担わせてしまってはフローの持続性は低くなってしまいますよね。この社内調整がとても大事なことと理解していても、実行までの腰が重くなってしまう方も多そうですよね。
そうですね。今回の仕様変更も絡まりあっている紐を1つずつほどいていくように関係部署との個別ミーティングを設けて、「やらなくてはいけないこと」と「やらなくてもいいこと」を整理していきました。
お客さま、社内メンバー双方にとってより良い仕組みづくりになることを地道に伝えて、理解してもらった結果、社内からの理解も少しずつ得られていったと思います。
関係部署1つ1つと個別ミーティングは骨が折れますね。関係部署ってどのくらいあるのでしょう。
社内外合わせて12部署が連携しています。もちろん、関わる方全方向にいい顔をすることは難しいですが、可能な範囲で現場の方との話し合いを意識しています。
現場の方との話し合いを意識されている理由はなんですか?
ある意味、上から指示を出して実行してもらう方が簡単ではあります。しかし、現場の担当者や職人が何をしていて、何を考えているかを理解して仕組み作りをしなければ、ハレーションも起こりやすいです。
何事も聞いたことを鵜呑みにするのではなく、自分が現場に入り、同じ仕事を共に行う体験をして、初めて物を言えるようになると考えています。そのため、現場の声はできるだけ汲みつつ、できないことも「できない」とただ突っぱねるだけではなく「ここまではできる」という歩み寄りが不満が溜まらないコミュニケーションにつながると思います。
ランドセルという商品の都合上、オペレーション1つを変更するにも1年単位の大掛かりなプロジェクトになりますよね。現場の声を聞く以外に北山さんがプロジェクトを進めるに当たり気をつけていることはありますか?
土屋鞄には、出張店舗の企画から展示のオフライン施策はもちろん、ウェブのコンテンツ作成などオンラインの制作物の全てをライターやカメラマン含めて全てを社内で内製する社風があります。それが、「土屋鞄らしさ」を体現するためには大切なのですが、社外でも良いサービスがあれば積極的に利用してもいいと思っています。
例えば、店舗で商品をご購入頂いたお客さまには、クロネコメンバーズへの登録をお願いしています。配送のお届け日時を事前にLINEと連携していおけば通知を受け取れるだけではなく、配達日の変更や、再配達の対応も簡単にできるため、代引きを選択したお客さまでも、事前にお届け日を知ることできます。
その結果、オンラインショップのマイページ機能として0から仕組みを構築しなくとも、すでに完成されている仕組みがあるのであれば積極的に社外のサービスでも利用した方が、工数も費用も大幅に削減することができますよね。
できるところは削ぎ落としてシンプルな設計にしますが、それによりお客さまにご不便をおかけしないように代替案を合わせて用意するように意識しています。
費用対効果だけでは図れない。土屋鞄が大切にしている「らしさ」とは
すでに確立された仕組みでも、「もっと楽にできるのではないか」、「削ぎ落とせる部分はないか」を見直し、より良い顧客体験へ繋げているのはとても素敵ですね。
「削ぎ落とせる部分」として検討されるものの、毎年続いている大切なものもあります。それが、お子さまの卒業のタイミングで送付するDM(ダイレクトメール)です。実は1枚1枚、ご購入頂いたランドセルの色に合わせて社内のデザイナーが制作しています。
親御さんたちの間で「購入した色に合わせたDMを送ってくれてる?こういうところが土屋鞄さん、好きなんだよね」とSNSで話題にして頂いたこともありました。
弊社からはあまり表立ってこの取り組みについてお客さまにお伝えはしていないのですが、見てくれている方はちゃんと見てくれているという実感にも繋がりました。
ランドセルの色に合わせて1枚ずつDMの色を変えていたとは…!相当手間がかかってそうですね。
お客さまの注文履歴から、ランドセルの色と宛名を照合しDMのデザインから制作まですべて社内で内製し、「土屋鞄のランドセルを6年間使っていただいてありがとうございます」というメッセージと共に送付しています。
しかし、小学校卒業の6年間で引っ越しされるご家庭も多く住所変更をされていないご家庭も多いです。そのため、送付先確認の人員コストや作業の手間を加味すると毎年、DMの意義を検討するのですが、土屋鞄の大事なアイデンティティでもあるので、継続しています。
作業効率やコストの観点だけでは、継続する判断にはならないですよね。だからこそ、コストや効率を越えた土屋鞄が大事にしていることがこのDM施策にはつまっているということですよね。
そうですね。土屋鞄におけるランドセルは、未就学児が初めて長く持つ本格的なかばんかばんだと思っています。人生の大事な節目に土屋鞄を選んでいただいたのですから、その後もお客さまと長く接点を持ち続けたいという想いがあります。
就学生のお子さまのデータがあれば、年齢ごとのライフイベントなど様々なアプローチができそうですね。
就学生のデータと言っても、お子さんではなく親御さんのデータである点は留意しなければなりません。ご本人じゃないからこそ、親御さんからのプレゼント需要に繋げられると理想ですね。
必ずしもプレゼントでなくてもいいんですが、土屋鞄のブランドを想起してもらえたらすごく嬉しいです。そのため、中学校や高校入学時に、ランドセルから新しい財布や鞄にスイッチングしてもらうようなコミュニケーションは今後、着手していきたいです。
ライフスタイルの変化とともに土屋鞄があり、その最初の鞄がランドセルということですね。
最初の接点になるからこそ、土屋鞄はランドセルの出張店舗にも力を入れています。
よくある展示販売だと、会議室のような机に商品を並べてあるだけのことも多いです。しかし土屋鞄では、展示会スペースにフォトスポットを設置したり、ランドセルの配置や色の順番まで展示会専門のスタッフが担当しています。おそらく、ここまで力を入れて展示会設営をしているところはないのではないでしょうか。
まさに土屋鞄「らしさ」が詰め込まれた空間ですね。ここまで作り込んだ展示販売は会場でもかなり目を引くのではないでしょうか。
私が土屋鞄に参画した時は正直、「展示会にここまでお金をかける必要はあるのか」と疑問でした。しかし、実際に出張店舗会場に訪れないとわからない引き込まれた感覚は理論を超えたものがあると感じました。
それからは、土屋鞄「らしさ」のためには必要不可欠な要素の1つと考えています。
お子さまの卒業時に送付しているDMと同様に、費用対効果の観点から投資が後回しになってしまう事業者も多い中で、土屋鞄はなぜ、そこに投資の判断ができるのでしょうか?
ランドセルの展示販売会場の土屋鞄「らしさ」の雰囲気や気分が高揚する感覚を含めて体験価値だと考えています。一般的な企業では、売上に直結しないことに対して、優先順位が下がってしまうことも理解できます。私も最初はそうでした。
しかし、私たちが誰よりも土屋鞄のファンだから、納得できるものでないと出したくないと思ってしまうんです。だから、一見すると無駄に思えることに投資できるか、できないかが土屋鞄「らしさ」なのかもしれません。
編集後記
土屋鞄さんが実施されている全国開催の出張店舗は、北山さん含め全社員の方が持ち回りで担当されているそうです。その中でも特に、土屋鞄の実店舗がない熊本県の出張出張店舗での生産管理の担当をしている「まさやさん」のエピソードが印象的でした。
とある出張店舗でご検討いただくも、どの色にするかを最後まで悩まれており購入まで至らなかったお子さんがいらっしゃいました。そのため、自身の名前を記入した再来店用カードを手渡した「まさやさん」。閉店時間が近づいたその日の夕方、その時のお子さんが「まさや、戻ってきたよ!」と一言。
その時のお子さんは、出張店舗を去った時のもやもやとした表情ではなく、晴れ晴れとした顔で立っていたといいます。これにはまさやさん含め、会場にいた土屋鞄の社員の方もも思わず歓喜の声を上げたそうです。
気持ちを込めて作ったランドセル。そのランドセル選びを通して1人のお子さんの成長に繋がる体験ほど、作り手として嬉しいことはないのではないでしょうか。土屋鞄さんの顧客に向き合う姿勢や思いが伝わってくる、とても素敵なエピソードでした。
子どもにも大人にも欲しいと思われるランドセルを作り続けている土屋鞄。そして、ランドセルを使って終わりにするのではなく、中学校、高校、大学、そして社会人と続くお客さまの人生の節目に土屋鞄があってほしいと語る北山さん。
顧客から愛され続ける理由は「製品への愛」という、とてもシンプルな答えでした。
文 :松田 望
編集:杉山 美和
写真:関 大二郎、土屋鞄製造所さま提供