
日本のD2C、ダイレクトビジネスに関わる方々が日本全国から集結する日本最大級のD2Cに特化した対面型リアルイベント「Why!?Direct. 2025」が、2025年2月20日(木)・21日(金)・22日(土)の3日間にわたり福岡県の福岡アイランドシティフォーラムで開催されました。
成功事例やTipsの共有などの日常業務を超えた視点で本質的な「Why」を考え、議論することを目的に開催された「Why!?Direct. 2025」。本記事は、2025年2月20日(木)に開催されたオープニングキーノート「Why!? Origin〜ヒットを生み出す本質に迫る〜」のイベントレポートです。
『スイカゲーム』『popIn Aladdin』『スマートバスマット』『popIn DISCOVERY』―これらの製品をご存知でしょうか?スマートフォンゲーム、照明一体型プロジェクター、体重測定できるバスマット、ネイティブ広告ネットワークと、全く異なる分野の製品ですが、実はすべて同じ人物が生み出したヒット商品なのです。
オープニングキーノートでは、これらの多彩な製品を次々と世に送り出してきたissin株式会社のCEO、程 涛(テイ トウ)氏と、プランナーで「Why!?Direct.」の名付け親でもある有限会社ペーパーカンパニーの中村修治社長と対談を行いました。
対談では、プロダクト作りの思考プロセス、事業構造の考え方と作り方、さらには消費者ニーズの理解と市場への浸透戦略など、継続的にヒット商品を生み出すための本質的な考え方が語られました。

目次
ヒットプロダクトのアイデアの原点は「自分が本当に欲しいもの」
「家族のつながりが希薄になっている」―この気づきが、人気プロダクトpopIn Aladdinの誕生につながりました。3人の子を持つ親でもあるissin株式会社CEO程涛氏は、自身の体験からプロダクト開発のヒントがあると語ります。

私たちの商品は、すべて私自身の体験から生まれています。特に家族とのかかわりの中で感じた課題を解決したいという思いが、多くの商品開発のきっかけとなりました。
具体的な例を挙げると、スマートフォンやタブレットの普及により、家族の過ごし方が大きく変化したことに気づきました。同じリビングにいても、家族それぞれが自分のデバイスで別々の映像を見ている。そんな光景を目にして、家族の時間が分断されていることを強く実感したのです。この課題を解決したい、家族で共有できる新しい体験を作りたい―。そんな思いから生まれたのが、照明一体型プロジェクターのpopIn Aladdinでした。

新製品の開発には多額の投資が必要です。一般的な大手メーカーであれば、まずユーザー調査や市場分析から始めますが、程さんはそういった従来型のアプローチを取らなかったのですね?

私が最初に行ったのは、実際に試作品を作って試してみることでした。市販の製品を組み合わせてプロトタイプを作り、自宅で検証を重ねました。結果的に、それが最も低コストでアイデアを検証する方法だと思いました。
試作品を家に設置したところ、妻からは「邪魔!」と叱られ、子どもたちからも「使いづらい」という厳しい声もありました。しかし、このような率直なフィードバックこそが、最終的に天井設置型という製品デザインを導き出す貴重なヒントとなったのです。
試行錯誤の過程には、会議室での議論だけでは、決して生まれなかったアイデアがたくさんあります。実際に試してみることで、家族が自然と集まる新しい体験が生まれることを確信できました。


なるほど…!ハードウェアを扱う場合、必ず直面する資金調達の問題はどうされたんですか?

クラウドファンディングを活用し約9000万円を集めることに成功しました。これは、単なる市場テストではなく、「実際に売れるかどうか」を確認する重要なプロセスでもありました。

クラウドファンディングで資金が集まったからpopIn Aladdinの製品化が決まったのでしょうか?それとも、クラウドファンディング以前から製品化は決まっていたのでしょうか?

クラウドファンディング以前から製品化は既に決めていましたが、結果がうまくいかなければ、popIn Aladdinのプロジェクトは頓挫していた可能性は十分に考えられます。
事業計画では1年目の売上目標を10億円に設定しましたが、実際の結果は5億円でした。しかし、これは十分な成功だと考えています。なぜなら、前例のない事業では、その目標数字自体の妥当性を判断することが難しいからです。
企業は通常、慎重に事業を進めようとします。しかし、私は高い目標を掲げ、その60%を達成できれば十分だと考えています。大切なのは、自分が信じる目標に向かって挑戦し、達成を目指すことではないでしょうか。

製造工場はどのように開拓されたのでしょう?

私は、ハードウェア製品の開発経験は全くありませんでした。
そのため当初、VAIOに製造を依頼したかったものの、当然ですが、私のことを全く信用してくれませんでした。しかし諦めずに、家族を撮影したプロモーションビデオを持って何度も工場に足を運び続けました。
市場規模を見ると、当時のホームシアター市場は年間約3万台。一方、クラウドファンディングではすでに2千台の販売の達成が見えたので、市場の数パーセントのシェアを獲得できる計算でした。
しかし数字的な裏付け以上に重要だったのは、自分自身が心から満足できる製品を作ることです。そうすれば、私と同じような価値観を持つ人たちにも受け入れられるのではないか、と考えました。だからこそ、「自分が本当に欲しい」と思える製品を作ることが、開発の原点になるべきだと確信しています。

さらに、程氏は「良いアイデアとは、やらないと気が済まないという血が騒ぐ、第一歩が踏み出せる勇気が湧いてくるもの」と定義しました。アイディアが形になるかどうかは、理論だけでなく、実際に行動を起こす勇気があるかどうかが重要だと強調します。

多くの起業家がそうであるように、私も「自分が本当に欲しいものを作る」ということを出発点としてきました。自分自身が心から欲しいと思えるものでなければ、納得のいく製品は作れないと強く信じています。
よく『良いアイデアとは何か』と聞かれます。私の考えでは、それは『思いついた瞬間に、やらずにはいられないと感じるもの』です。そういったアイデアこそが、チームを動かす原動力となり、新しい一歩を踏み出す勇気を与えてくれます。
もちろん、すべてのアイデアが成功するわけではありません。しかし、そのアイデアのことを毎日考えずにはいられないほど心が騒ぐのであれば、挑戦する価値は十分にあるはずです。
この言葉には、新しい価値を生み出し続ける企業家としての哲学が凝縮されているように感じられました。
ヒットを生み出す本質は「情緒価値」をどう生み出すか
程氏は、ヒットを生み出すための要素として「情緒価値」「資産価値」「機能価値」の3つを挙げ、特に「情緒価値」が重要だと述べました。

スイカゲームは、もともと私の子どもが4歳のときに「どうやったら思い出に残る遊びを作れるか?」と考えたことがきっかけでした。幼い子どもが遊べるゲームには、シンプルなルールと可愛らしさが必要です。そのために考えたのが「スイカゲーム」でした。
当初、このゲームはpopIn Aladdinに搭載されていたゲームの中の1つでした。当時、popIn Aladdinのユーザー数20万人のうち、約5%が定期的にスイカゲームを楽しんでいました。

その後、「スイカゲーム」はNintendo Switch版として展開し、爆発的なヒットを記録しました。程氏はNintendo Switch版への展開はpopIn Aladdinをさらに広めるためのコンテンツマーケティングとしての目的があったと言います。

マーケティングの視点で考えると、スイカゲームが特に家族層に人気がある点は大きな要素でした。それに加えて、スマホゲームの市場には100万以上のゲームタイトルが存在していますが、Nintendo Switchのゲームタイトルは約8000本しかありません。この点が、スイカゲームをNintendo Switchのプラットフォームで展開する決断に大きく影響しました。
スマホゲームの市場はタイトル数が多いだけではなく、無料のタイトルも多く競争が激しいです。一方で、家庭向けゲーム機は比較的タイトル数が少なく、価格設定もしやすいという特徴があります。このため、私たちはスイカゲームを240円という手頃な価格で提供し、長時間遊べるゲームとして多くのユーザーに受け入れられるのではないかと考えました。
もちろん、スイカゲームよりも高スペックなゲームはたくさんありますが、そうしたゲームは必ずしもヒットしているわけではありません。スイカゲームが成功した理由は、単にゲームのスペックに頼らず、「家族との思い出を作る」という情緒的な価値が加わったことにあると私は考えています。これが、他のゲームにはない独自の魅力を生み出し、ユーザーから支持された大きな要因ではないでしょうか。

私もネーミングを仕事にしていますが、「スイカゲーム」という名前は、単純明快でわかりやすいだけでなく、絶妙なダサさが良いですね。また、画面のアイコンをすべて消すようなゲームが多い中で、「スイカを2つ作ったらクリア」という発想の転換が斬新で面白いと感じました。

「スイカを2つ作ったらクリア」というアイデアは、ゲーム会社さんから提案していただいたものです。しかし、私たちはゲーム開発において、既存のゲームを参考にしながら、独自の「心地よさ」や「可愛らしさ」を加えることを重視しました。感情に訴えかける要素を加えることで、他社と差別化を図ったんです。
その結果、シンプルなゲームでありながら、ユーザーにとって特別な体験を提供できるものに仕上がったと考えています。
程氏は、スイカゲームのヒットには再現性が低く、偶然の要素が大きかったと言います。その中でも、「自分が楽しめるものを作る」ことが差別化のポイントであると続けました。

スイカゲームのヒット後、同じようなゲームをリリースし、ヒットを狙う人たちがいましたが、うまくいっている話はあまり聞きません。
他社がスペックで勝負していても、私たちのように「家族の思い出を作る」というコンセプトにまで至ることは難しいと思います。この点が、製品のブランド価値において大きな違いです。
スイカゲームにおいては、ゲームを通じて「心が動く瞬間」を作ることが重要だと考えています。私も子どもとスイカゲームをプレイしていますが、子どもが初めて親に勝った瞬間は、一生の思い出になりますよね。こうした情緒的な経験ができるかどうかが、他社が真似しづらい、私たちの強みなのだと思います。

「なぜこの商品に惹かれるのか?」という問いに対する答えは、科学的には完全には解明されていません。その中で、程氏は「人間の進化の過程で培われた直感こそが答え」と言います。直感というのは、長い年月をかけて人類が積み上げてきた知識の結晶であり、そのため「自分の心が動くかどうか」を最初に見極めることが重要だと程氏は続けます。

これは本当に難しいテーマですが、結局のところ、人間の感覚に依存する部分が大きいと思います。自分の心が動かないものは、どれだけ機能的に優れていても、価値を生み出せない。
そこに再現性があるかどうかを検証することで、より確かな価値を生み出せる。これはフレームワークで簡単に整理できるものではなく、体感しながら判断するしかないものなんですよね。
ヒットを生むためには、悩むよりもPRO(前に)DUCT(導く)ことが必要不可欠
程氏は「逆境を乗り越える力」もヒットを生むために必要不可欠だと語ります。特に、popIn Aladdinの開発には多くの壁が立ちはだかり、「資金がない」「協力してくれる工場が見つからない」「開発しても失敗する可能性がある」といった数々の困難に直面しました。

起業家には多くの逆境が訪れます。私たちの思い通りに物事が進むことはほとんどありません。そして、それをどう乗り越えるかが、新規事業を進める上で非常に重要だと思います。
私自身、2013年〜2014年にかけて事業が思うように進まず、少し鬱っぽくなった時期がありました。しかし、その時に逆境を乗り越えた経験が非常に大きかったと感じています。ある瞬間、ふと良いアイデアを思いつき、その瞬間、鬱のような症状が一気に消えたんです。
その経験を通じて、悩んだ時に2つの方法に行き着きました。
- 人に相談すること(当たり前のことですが、非常に重要です)
- 手を動かして実際にやってみること
悩みというのは、脳の状態や考え方が停滞していることが原因であり、新しい知識を得ることで解決できます。だからこそ、悩んだ時には相談できる人を見つけて話し、小さなアイデアでも実際に手を動かしてみる。そしてそうすることで、新たな技術やアイデアが生まれるのです。
誰も最初からうまくいくわけではありません。むしろ、うまくいかないことの方が多いのです。だからこそ、逆境の中でどのように行動するかが重要ということを会場の参加者に強く伝えていました。

私はかつて、事業は順調で売り上げは右肩上がりだったが、健康状態は右肩下がり。その時に、「自分は何のためにこの事業をやっているのか」と深く考えました。そして39歳のとき、「もう一度起業するなら今しかない」と決意しました。
そのとき、私は家族との思い出作りや健康を守ることにやりがいを感じていることを再認識し、新たな事業をスタートしました。それが、現在のこの商品につながっています。


インターネットを通じて、膨大な情報を得ることができる今、ほぼ全員が平等な環境にいると言えるでしょう。結局のところ、本質的に違いを生むのは、「やるかやらないか」。そして「逆境を乗り越えて完成させるかどうか」だと思います。

着想だけでは何も生まれません。アイデアを形にして、さらに機能価値や情緒価値を生み出すことができるかどうか。それに挑戦し続けることで、人も商品も成長していくと思います。
そして、準備や投資が進むと、プレッシャーも増していきます。でも、それを乗り越えれば、一歩ずつ階段を上がることができるんです。結局、最終的には「どうすればいいか」と考え続けるしかないんですよね。
起業家の解釈にはいろいろありますが、私は「前に進むしかない」と思っています。競合が現れたときに「どうしよう?」と悩むのではなく、ただ前に進む。それが新しい商品を生み出し、新しい手法を取り入れることにつながるんです。
「PRODUCT」の語源が、PRO(前に)DUCT(導く)であるように、前に進むことこそが、人間としても、事業の責任者としても最も重要な姿勢だと思います。自分が前に進み、その過程で新しいものを生み出し、それが会社全体を前に進めることになります。
大企業のような決まったプロセスは、私たちにはありません。試行錯誤しながら、オリジナルなやり方を模索しているのです。
編集後記
「ヒットを生む本質とは?」というセッションにおいて、「ヒットを狙って作るのではなく、自分が本当に楽しめるプロダクトを作ることが、何より重要だ」という言葉は1つの大切なメッセージでした。この言葉が、セッションの締めくくりとして深く心に残りました。
ヒットを生む本質とは、単なる機能的な価値だけではありません。それは、
- どれだけ情緒的な価値を込められるか
- 逆境の中でも諦めず、進み続ける力があるか
- そして、プロダクトの本質を見極める力
に尽きるのではないでしょうか。
このイベントを通じて伝えられたのは、起業家がどんな困難にも負けずに前に進み続ける姿勢こそが、「オリジン(起点)」となり、次のヒットを生み出す力を持っているということでした。その情熱と覚悟が、未来を切り開くのだと強く感じました。
文 :杉山 美和
写真:Why!?Direct.様提供