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決算説明資料のどこを見て、何と比較し、どのように施策に活かすか
「決算説明資料」はビジネスを理解する上で見ておいたほうがいいとよく言われます。しかし、初心者からすると資料のどこを何から見ればいいのか分からず、代永さんのX(旧:Twitter)での決算説明資料の解説投稿を参考にしていました!そこで今回、代永さんに「決算説明資料」の読み解き方を指南していただきたく、色々とお伺いさせていただければと思います!まず、代永さんが決算解説をXに投稿している理由などをお教えいただけますか?
私はビジネスとして決算書解説をやっているわけではありませんが、決算分析はどの業界でも「情報通」でいるために役立つ知識と考えています。普段のPRの仕事でも、他のPR担当者との大きな差別化にも繋がっていると感じます。
どんな仕事でも、一緒に仕事をするなら、会話の引き出しが多い情報通の人と組みたいと思いませんか?
どちらかと言われたら、そうですね…!
例えば、どの業界で働いていても、担当者として自社とその直接的な競合会社などの知識を持っているのは当たり前です。しかしながら、クライアントさんや、少し上の立場の方との会食などで、他企業の決算や別の業界の話になった時に「会話できる引き出しの多さ」が1人の人間としての魅力にも繋がると思うんです。
代永さんは「会話の引き出しを増やすため」として決算分析を始めたとのことですが、それをSNSに投稿するに至った理由はなんだったのでしょう?
元々、長らくPR業界に勤めていることもあり企業が発信する情報の「裏読み」が好きでした。このリリースは読んだ人に「どう感じて欲しい」と思い、書かれたのかを考えながら読む癖が付いているのだと思います。
だったら、自分なりに行間を読むやり方で分析したら、D2C業界に興味がある皆さんにとっても面白いんじゃないかと思い投稿を始めました。
代永さんなりの決算説明資料の読み方とはなんでしょう。
決算説明資料はただ、眺めている「だけ」ではもったいないです。
私は各社の戦略を想像しながら、決算書を記憶に定着させるように読んでいます。D2Cに携わる方や、マーケターも同様に、決算説明資料のどこを見て、何と比較し、どのように自社の施策に活かすかを考えながら読み解いてみてください!
なるほど、ただなんとなく眺めるだけではメリットが得られにくいのは筋トレと似ていますね。どの筋肉が動いているのか意識するのが大切です。それでは、決算説明資料を初めて読む初心者は、まず最初に資料のどこから読み始めるのが良いですか?
多くの決算説明資料は、冒頭に『エグゼクティブサマリー』や『決算ハイライト』の概要がまとまっています。まずは、『エグゼクティブサマリー』から決算説明資料の内容を大まかに把握するところから始めましょう。
その際、本質の数値感を見極めるために重要なことは掲載されている数字が「計画比」なのか「対前年同期比」なのかです。
「計画比」とは、自分たちでたてた目標と比較した数字です。そのため、「計画より数字は上回っています」と記載していても、「対前年同期比」で見ると、前年度割れの成果ということもあります。
数字の報告の仕方からも、企業のスタンスが垣間見えそうですね。『エグゼクティブサマリー』で全体感を把握した後は、どのように読み進めていきますか?
どこか特定のページをかいつまんで読むのではなく、ページの並び通りに読み進めます。その中でも個人的には『各カテゴリーや各商品個別の戦略』のページは時間を多めに取って読んでいます。そもそも全体概要の数字は「直近3ヶ月の結果」でしかなく、企業の未来への期待値とは直接的に紐付いていないと思っています。
株価は下がるよりも上げるにこしたことはない企業の思惑から考えると、仕込んでいる施策は言える範囲で決算説明資料に掲載しておきたいはずです。だから、各カテゴリーや各商品個別の解説ページは、次の四半期に影響を与える打ち手が用意されているかという目線で読むようにしています。
『各カテゴリーや各商品個別の解説ページ』で、「ここだけはおさえておけ!」という注目すべき項目があれば教えて下さい!
私が分析する時に意識しているのは「新商品の影響」です。
新商品によって、今期の業績がどのくらい好転したのかだけではなく、発売予定の新商品はどのくらい魅力的なのか、などを見定めた上で自分なりに仮説を立ててポジションを取っておくと良いと思います。個人的には新商品への期待値を年単位で見積もるのか、もしくはどこで見限るのかも、企業の色が表われてくる部分なので、興味深く見ています。
一般的に、売上を伸ばすには、売れる商品を用意することが最善策です。そこにマーケティングの力が組み合わさることで、会社は成長すると考えます。業績が横ばいかつ、新商品発売の予定がなければ、劇的に好転する可能性は低いなどの見立ても可能です。
決算書は情報の宝庫!企業を知るための1つの手段としてどのように活用するか
その時の見立てを基に、将来どのような結果になるのかの答え合わせが楽しみですね!
時期によっては、すべての企業の決算資料にあるわけではないですが、通期予想の修正や、事業計画の進捗が資料に掲載されている場合があります。また、企業によっては補足資料やAppendixに『主力ブランドと売上構成比』や、『セグメント別PL』など、おまけにしておくのはもったいないほど興味深い内容がまとめられています。そのため、最後のページまで目を通すことをおすすめします。
企業が1つ1つのページをどのような想いで発表しているのか、という視点で数字の行間の意図まで想像すると、決算書資料を読むのが楽しくなりますね!
皆さんにもそう思ってもらえたら素敵なことです。また、普段から注目している業界だからこそ、個別の発表内容を「点」だけではなく「線」で捉えることができると考えています。企業の発表している内容の「重み」や「実効性」について、付加価値のあるコメントをすることが私の決算解説投稿の特徴であり、強みです。
「発表内容を線で捉える」というのは、一朝一夕で身につくものではなく、長年にわたってその企業の情報を見続けている代永さんならではの視点ですね。
そうですね。前回までは発表していた数字を今期からは発表しなくなったり、逆に今までは発表していなかった項目を今期から突然発表したり、開示義務がない項目は基本的に自由掲載です。だからこそ、これらのシグナルは企業側に何らかの意図があると考えられます。
そして、戦略的にあえて隠している企業も多くあります。そのため、何が書かれているかと同じくらい「何を書いてないか」というのも実は結構、大事です。
しかし、どこまでいっても私の投稿は推測であり、全ての背景を正確に読み解くのは難しいです。もしかしたら、深読みしすぎて、実際は的外れな内容になっていることもあるかもしれません。
大事なことは、いつも見ている人だけが気づく違和感、シグナルは決算説明資料にも存在しているということです。決算説明資料に限らず、長年その情報を見続けているからこそ「気がつける違和感」を持つことで、今まで見えていなかった景色を見ることができると思います。
決算説明資料から読み解ける情報が、想像以上に多くてびっくりしています!決算書で読み解けることの一方で、読み解けないことはあるのでしょうか?
決算説明資料で読み解けないことは「経営者の想い」です。
今期の決算を経営者がどのような想いで迎えたのかは資料からはうかがい知ることはできません。仮に、数四半期に渡って連続して業績が悪い企業であっても、その企業の経営者に強い想いがあれば、今後の業績は変わる可能性もあるかもしれません。
自社との比較でよりわかる!D2C担当者必見の決算説明資料の活用術
この記事の読者には、D2Cに従事している方が多いです。その方に向けて「決算説明資料のここは見ておけ!」という着眼点があれば、お伺いしたいです!
各企業の戦略が出る部分なので、一概には言い切ることが難しいですが、広告宣伝費率は押さえておきたいです。
販売している商品が似ているD2Cの企業同士でも、オンラインでの販売をメインとする企業と店舗への卸販売を中心に行っている企業とでは、広告宣伝費を含む販管費の使い方も大きく変わります。
ベースフード株式会社の決算説明資料を例に見てみると、同一の商品をオンラインで販売した場合と、店舗へ卸販売を行った場合とで販管費に大きな差があることがわかります。
なぜこのような差が生じるかというと、オンラインで販売する場合、自社サイトへの集客のために広告宣伝費が大量に発生しています。また、お客さん1人1人に個別配送を行う分、物流関連の荷造運賃費用などが多く掛かるため、卸販売と比較すると費用がかさむことが多いです。
一方、卸販売をメインとする場合、エンドユーザーの直接的な集客や販売促進は卸先店舗が担います。そのため、広告宣伝費をさほど掛ける必要がなくなります。また、卸先の倉庫へ発送するため、個別配送に比べると荷造運賃費用も少なくてすみます。
そのため、販売形態が異なる2つの利益構造を比較すると、店舗への卸販売の方が「販管費率が低く」相対的に「原価率が高く」なるという現象が起こります。ベースフードの例で言えば、どちらのモデルであってもおそらく同じ原価の商品と推測できます。
主体がオンライン販売なのか、卸販売なのか、事業構造が理解できると、双方似たような化粧品を販売する企業の決算説明資料を見た際に、間違った認識をせずにすみます。
企業によっては、コスト構造を公開している決算説明資料もあるので参考にすると良いと思います。
様々な企業の原価率と広告宣伝費率を横断して比較することで、企業の立ち位置や戦略の違いを理解しやすくなるということですね!
そうですね。あくまでも、企業側の戦略なので良い悪いというものではありません。
販促費比率やCPA等を分析することで、販促予算のポートフォリオはどうなるだろう?など皆さんご自身が、経営者目線を持つ疑似体験として活用してみてください。
その経験の積み重ねが、上司やクライアントへの提案スキルとして身に付けることができれば自ずとご自身でコントロールできる範囲も広がってくるのではないでしょうか。
そして、皆さんご自身が、経営者目線で上長に提案できるようになる。そのような部下が生まれたら、上司としても嬉しいと思うのです。
なるほど。もう少し具体的な思考過程を仮の単品通販会社の決算説明資料を例に教えていただきたいです!
会社によっては新規購入者の件数を発表しているとしましょう。その場合、発表されている広告宣伝費から割り戻すとCPA(顧客1人あたりの獲得単価) が算出できます。
広告宣伝費 ÷ 新規購入者の件数 = CPA(顧客1人あたりの獲得単価)
概算ですが、四半期の売上が仮に30億円として、客単価を5,000 円と仮定した場合の注文件数は約60万件と推察できます。
加えて、2,500円で実施している新規獲得キャンペーンや、モールの売上比率、販売手数料、継続率などを加味して新規件数何件以上あるとビジネスとして成立しそうか、などビジネスの全体図を類推しながら、D2C担当者の方はぜひ、自社の数字と比較してみてください。
「トレンド」「ベンチマーク」「セグメント」はデータ分析の基本ですね!市場の数値感を把握しているのと、そうでないのでは日々の業務の視座も大きく変わりそうですね!
おっしゃるとおり、ベンチマークの企業以外にも、業界のトレンドや市況把握にも繋がります。
同じ業界の複数企業を見比べた時、どこの会社も新規獲得に苦しんでいるようであれば、市況自体が苦境に見舞われているという仮説が生まれます。
注目の業界や最先端技術などトレンドは、各社の決算説明資料を見ていれば、自ずと「体感値」として蓄積していく感覚が身についてくると思います。
これまで、流し見しかできてなかった決算説明資料が実は情報の宝庫だったことがわかりました!代永さんが、決算分析を行う企業の選定基準があれば教えていただきたいです。
私の場合、D2Cのイベント等で事例や話題に上がっており、上場されているところは漏れなく分析しています。
基本的に、決算資料がリリースされた当日にレビューを行うようにしています。決算説明資料の分析も、1企業あたり約1時間でまとめているのですが、注目している企業の決算発表が固まる8月、11月、2月、5月中旬は当日レビューが量的に難しいです。そのため、週末に時間を作って、なんとか追いついている状況です。
結局、時事的なタイミングと、幅広いユーザーの興味がある内容がSNSでの反響の大きさに比例します。そのため、明確な基準があるわけではないですが、投稿する企業は私の分析労力と読者のニーズとのバランスを見て選定しています。
経営者視点での分析の手法だけでなく、1人のユーザーとしての視点は、決算分析の方法を学びに来たつもりが、マーケターとしての本質も同時に再認識できた気がします!本日はありがとうございました!!
編集後記
代永さんのおっしゃっていた中でも印象に残っているのが「発表内容を線で捉える」という考え方です。企業が突然発表を始めた項目や、逆に発表しなくなった項目に注目することで、決算書には現れない気持ちを想像する。この視点は決算分析に限らない、今まで見えていなかった景色を見る上で重要な普遍的な考え方の1つではないでしょうか。
このインタビューを通じて、決算書分析が単なる数字の羅列ではなく、数字の裏にある戦略を想像し、業界全体の動向を俯瞰し、そして何よりも、長期的な視点を持つこと。これらの姿勢が、決算書分析を通じて企業を知るきっかけにも繋がります。
決算書分析についてお伺いするはずが、D2C事業者に限らず、多くのビジネスパーソンにとって、貴重な指針を学んだ気がしました。
文 :杉山 美和