ラグジュアリー体験の本質:プレミアムブランドが語る顧客エンゲージメント戦略

日本のD2C、ダイレクトビジネスに関わる方々が日本全国から集結する日本最大級のD2Cに特化した対面型リアルイベント「Why!?Direct. 2025」が、2025年2月20日(木)・21日(金)・22日(土)の3日間にわたり福岡県の福岡アイランドシティフォーラムで開催されました。

成功事例やTipsの共有などの日常業務を超えた視点で本質的な「Why」を考え、議論することを目的に開催された「Why!?Direct. 2025」。本記事は、2025年2月21日(金)に開催されたオープニングキーノート「ラグジュアリー体験の本質:プレミアムブランドが語る顧客エンゲージメント戦略」のイベントレポートです。

2025年2月21日、福岡アイランドシティフォーラムにて開催された「Why!? Direct.2025」の2日目、オープニングキーノートとして「ラグジュアリー体験の本質:プレミアムブランドが語る顧客エンゲージメント戦略」が行われました。登壇者は、ザ・リッツ・カールトン福岡 総支配人のラドゥ・チェルニア氏、富裕層向けクレジットカード「ラグジュアリーカード」を発行するBlack Card I株式会社 Chief Digital & Marketing Officerの児玉朋雄氏、そしてMIW Marketing & Consulting Group, Inc. CEOである岩瀬昌美氏の3名です。

世界的なラグジュアリーホテルの1つであるザ・リッツ・カールトンの方の講演が聴けることに他のイベントにはない特別感を感じている参加者の方も多かったのではないでしょうか。D2C事業者の多い今回のイベントにおいて、一見すると直接の関係がないように思える富裕層向けマーケティング。しかし、本セッションで語られた、ラグジュアリーブランドが提供する顧客体験と数字に見えないことへの評価や戦略の取り組みは、商品やサービスの価格帯に限らず、多くのビジネスの本質に通ずる取り組みでした。

ホスピタリティの本質:最高のサービスを生み出す起点は「人」

本セッションの冒頭では、リッツ・カールトンが掲げる「ゴールド・スタンダード」と呼ばれるクレドが紹介されました。そこでは、最高のサービスを提供し続ける“リッツ・カールトンのホスピタリティ”について語られました。

「紳士淑女(Ladies and gentlemen)をおもてなしする私たちもまた紳士淑女である」という理念のもと、私たちは世界最高水準のホスピタリティを提供しています。それは、お客様との関係を上下ではなく対等なものと捉え、最高のサービスを届けることを大切にしているからです。

そして私たちのサービスの本質は、「パーソナライズ」にあります。例えば、親しい友人を自宅に招いたときのことを思い浮かべてください。到着したら名前で迎え入れ、滞在中は快適に過ごせるよう心を配り、帰る際には温かく見送る。この流れこそが、ホスピタリティの核心だと考えています。

そのためリッツ・カールトンでは、その理念を体現するために、お客様を名前でお呼びすることを大切にしています。初めてのご来訪でも、まるで常連のような温かいおもてなしを提供することで、まるで自宅にいるような安心感を生み出し、特別な体験へとつなげているのです。

このエピソードを聞いたとき、私は「ホテルに宿泊するお客様だけのサービスだろう」と思っていました。

しかし、リッツ・カールトンに宿泊せず、屋上のバーだけを利用したある日。

バーの入口で名前を聞かれ、その後の滞在中も「お客様」ではなく、名前で呼ばれながらサービスを受けたのです。その心配りに驚くと同時に、とても特別な体験として記憶に残りました。

岩瀬氏のエピソードを踏まえてチェルニア氏は、リッツ・カールトンが最も大切にしているのは「人」であると強調しました。

リッツ・カールトンはホテルですが、その運営において最も重要なのは、ベッドや食事の質だけではありません。

「ビジネスだから仕方がない」と言われることもありますが、忘れてはならないのは、「ビジネスをするのも人間である」ということ。だからこそ、私たちはお客様はもちろん、従業員も「人」としてリスペクトすることを何より大切にしています。それこそが、最高のサービスを生み出す本質だと考えています。

リッツ・カールトンの指針である「ゴールド・スタンダード」には、いくつかのサービス・バリューが掲げられています。その中で、最も重要な指針はどれでしょうか?

リッツ・カールトンでは、スタッフ一人ひとりがブランドの一員として誇りを持ち、最高のサービスを提供できるよう、12のサービス・バリューを掲げています。

その中でも特に重要なのが、「私はリッツ・カールトンの一員であることを誇りに思う」という価値観です。この意識が従業員の当事者意識を育み、ブランドとの一体感を生み出すことで、より良いサービスを提供する原動力になると考えています。

例えば、新しい仕事に就いたとき、家族や友人に「どこで働いているの?」と聞かれたら、多くの人は「リッツ・カールトンで働いている」と答えるでしょう。しかし、それは単なる仕事でしかありません。しかし、私たちが大切にしているのは、それを単なる仕事として捉えるのではなく、「“私が”リッツ・カールトンの一員である」という意識を持つことです。

この意識があるからこそ、スタッフ一人ひとりがブランドを体現し、日々の意思決定や人材育成にもその理念が反映されていくのです。

「仕事ではなく、使命」指示待ちではなく、自ら動く社員を育てるリッツ・カールトン流の教育方法

サービス・バリューの中で、私が特に感銘を受けたのは「私には、ユニークで思い出に残るパーソナルな体験をお客様に提供するためのエンパワーメントが与えられています。」という指針です。

エンパワーメントには「権限を与える」という意味が含まれますが、リッツ・カールトンでは最高のサービスを提供するために、具体的にどのような権限が与えられているのでしょうか?

リッツ・カールトンでは、すべてのスタッフが自らの判断で最高のサービスを提供できるよう、最大2,000ドル(約30万円)までの決済権を持っています。

例えば、現場で何か問題が発生した際、通常であれば上司に報告し、決裁の承認を待たなければなりません。しかし、その間に問題が深刻化する可能性もあります。そこで、私たちはスタッフの判断で即座に対応できるよう、2,000ドルの決済権を与えています。この範囲内であれば、事後報告で済み、上長の承認を待つ必要はありません。

これにより、どの従業員でも迅速かつ柔軟に対応できる仕組みを整えています。

いかなる立場の従業員でも、等しく最大2,000ドルの決済権が与えられているとは驚きです!従業員にとって、これこそまさに“エンパワーメント”につながる仕組みですね。

「権限を与える」というのは、決してお金のことだけではありません。

例えば、あるお客様が東京のリッツ・カールトンに滞在した後、空港で荷物をホテルの部屋に忘れたことに気づきました。連絡を受けたスタッフは、飛行機の出発時刻までに荷物を届けるのは不可能と判断しました。そこで、スタッフはすぐにお客様の国行きの飛行機のチケットを手配し、スタッフ自ら荷物をお客様の自宅まで届けたのです。

このように、スタッフ一人ひとりが「お客様の満足のために最善を尽くす」という意識を持ち、自らの判断で行動できる環境を整えています。そして、こうしたサービスの積み重ねこそが、リッツ・カールトンのブランドの信頼につながっているのだと思います。

このエピソードを受け、会場からは社員のマインドセットに関する質問が投げかけられました。

いくらリッツ・カールトンの社員とはいえ、人間ですから、手を抜いたりサボったりする人もいるのではないでしょうか?

そういった場合、どのような教育を行っているのでしょうか?

もちろん、人間ですからミスをすることもあります。しかし、プロフェッショナルとしての誇りを持ち、チーム全体が同じ価値観を共有することが重要です。

社員の意識を高め、モチベーションを維持するために、リッツ・カールトンでは「ゴールド・スタンダード」を徹底しています。これは単なる社訓として壁に掲げるものではなく、毎日具体的な事例をもとに話し合い、分析し、実践することで、企業文化として根付かせています。こうした文化を築くことで、社員一人ひとりが自然と責任感を持ち、指示を待つのではなく、自発的に行動できるようになるのです。

私自身、業務時間の半分は、理念について語ることに費やしています。なぜなら、私一人ではザ・リッツ・カールトン福岡の数百人のスタッフ全員の仕事をすることはできません。

しかし、社員約400人が同じ価値観を持ち、同じ方向を向いて働くことができれば、それが最高のサービスにつながるのです。それこそが、私の最も重要な役割だと考えています。

レッドオーシャン市場で顧客基盤拡大中! ラグジュアリーカードの成長戦略と差別化戦略

本セッションでは、リッツ・カールトンのサービスやホスピタリティに続き、既存の競合が市場を占めるレッドオーシャン市場で顧客基盤を拡大し続ける「ラグジュアリーカード」のブランド戦略やデジタルマーケティングが注目を集めました。

ラグジュアリーカードは、もともとアメリカで展開されていた金属製のクレジットカードブランドで、日本市場には2016年に参入しました。クレジットカード業界は競争の激しいレッドオーシャン市場ですが、高所得者層をターゲットにしたカード市場にはまだ開拓の余地があると考えました。

皆さんの財布にも、クレジットカードが複数枚入っているのではないでしょうか?

つまり、クレジットカードは1枚のカードを選んで終わりではなく、2枚、3枚と使い分ける需要がある。そこに新しい価値を提供できると考えたのです。

他社のプレミアムカードとは異なり、ラグジュアリーカードは単なる決済手段ではなく、「お客様のライフスタイルをどのようにサポートし、寄り添うか」を軸にブランドを確立していると児玉氏は続けます。

ラグジュアリーカードの特長は、単なる旅行やレストランの予約にとどまらず、経営者や富裕層のライフスタイルに合わせたサポートを提供する点にあります。

例えば、

  • 限定イベントへの招待
  • ビジネスネットワーキングの場の提供
  • 特別な体験プログラム

など、時間を効率的に活用し、価値ある体験を提供することを重視しています。

一例として、カード会員同士のコミュニケーションを促進するため、定期的に限定イベントを開催しています。高級ホテルのラウンジでの交流会や、会員限定のディナーなど、「人とのつながり」を生み出す場を提供しているのです。

これは、私が以前勤めていた別のカード会社では、お客様同士のトラブルを懸念して実現が難しかった取り組みでした。しかし、ラグジュアリーカードでは、新しい価値を提供するために積極的に投資し、会員様に楽しんでもらうことが、他社との差別化にもつながっています。

ラグジュアリーカードが「ライフスタイルを豊かにするツール」としてどのような具体的なサービスを提供しているのでしょうか?

当社のコンシェルジュデスクは、単なる情報提供の窓口ではなく、お客様にとって最適なアドバイスを提供することを目的としています。特に経営者の方々にとって「時間」は何よりも貴重な資源です。そのため、私たちはお客様の時間を無駄にしないことを最優先に考えています。

一般的なクレジットカード会社では、コールセンターのコスト削減のために自動音声や海外拠点を活用するケースが多く、本人確認にも手間がかかります。しかし当社は、コストがかかるとしても「効率化」よりも「利便性」を優先し、最初からダイレクトにオペレーターにつながる仕組みを導入しています。

例えば、一般的なクレジットカード会社では、カード番号を口頭で伝えることを求められますが、周囲に人がいる状況ではプライバシーの観点から適切ではありません。そこで、当社では名前や生年月日、企業名など、より自然な方法で本人確認を行い、スムーズかつストレスのない対応を実現しています。

デジタル広告での新規顧客獲得の可能性とターゲティング精度の落とし穴

富裕層や経営者層をターゲットとするマーケティングの難しさ、そしてデジタル広告を活用した新規顧客獲得の戦略について、特に関心が集まりました。

会場にはD2Cビジネスをされている方も多いと思いますが、当社の場合、クレジットカード会員の約7割がデジタル経由で獲得されています。

2016年にオンラインでカードの申し込みを開始した当初、年会費(税抜)50,000円、100,000円、さらには200,000円のカードを提供していました。実際にデジタル広告を活用することで、予想以上の申し込みを獲得できたのです。特にFacebookやLINE広告を活用した際には、多くの申し込みが入りました。

当社のような高額商材であっても、広告のコンバージョン最適化を駆使すれば、申し込み1件あたり約5,000円の広告費で獲得できることがあります。一見すると非常に効果的に見えますが、クレジットカードには審査がありますので、短期的な申し込み数だけを追い求めると、必ずしも当社が求める顧客層を獲得できるわけではないという課題があるのです。

競争の激しいマーケットでは、長期的なLTV(顧客生涯価値)まで視野に入れた広告運用が重要になると思います。

デジタル広告での属性ターゲティングにおける、コンバージョン最適化の落とし穴があると児玉氏は続けます。

当社がMetaなどでコンバージョン最適化を駆使し、年会費10万円のカードを広告展開したところ、2〜3日で100件以上の申し込みを獲得できました。申込CPAも5,000円ほどに抑えられ、数字の上では大成功に見えます。

しかし、クレジットカードは申込後に入会審査があり、広告経由での申込み100件がすべて審査NGになってしまったんです。分析すると、CIC(信用情報機関)でいわゆる「ブラックリスト」に入っている方が大半を占めていたんです。さらに、ランディングページの詳細をほとんど読まず、短時間で申し込みまで進んでいるケースが多いこともわかりました。

ここで問題になるのは、コンバージョン最適化を行うと「申し込みしやすい層」に広告が偏ってしまう点です。単品通販のように、低価格かつスピード重視のモデルなら一定の成果が出るかもしれません。しかし、当社のように富裕層や経営者層をターゲットに、長期的なLTVを重視するビジネスにおいては、短期的なコンバージョン数だけが増えても、理想の顧客を獲得できない可能性があります。

まさに、短期的な指標だけではなく、ブランドが求める顧客層を長期的に育てる視点が大切だと考えています。

デジタル上で富裕層へアプローチする広告が皆無というわけではありませんが、その数は非常に少ないのが現状です。なぜなら、Webを利用する際にユーザーが自ら年収を申告することはないため、ターゲティングの精度が限定的だからです。デジタル広告で活用している年収ターゲティングの多くはアンケートデータによる年収情報とその類似拡張によるターゲティングの場合が多く、精度の信頼性に欠けるケースが多いと考えています。

実際に当社では過去に、会員データをとあるDSPでユーザー分析したところ、年収500万円以下のユーザーが約95%という判定結果が出たことがあります。

この結果だけを見ると、広告プラットフォームによる年収ターゲティングはどのようなデータをもとに作られているか慎重に見極めるべきです。

一方で、富裕層や経営者層を主なターゲットとする以上、単純な属性データだけに頼るのは限界があると感じています。なぜなら、「富裕層だけが閲覧するニュースサイト」は存在せず、彼らもYahooニュースやInstagramなど、多くの人と同じメディアを利用しているからです。

では、どうやって富裕層にリーチするか。

行動データに基づくアプローチが有効だと考えています。実際の検索履歴やサイト閲覧履歴など、推測ではなく実際の行動を反映したデータなので、属性類推ターゲティングよりも正確性が高いといえます。

たとえば、円安の影響でハワイ旅行が割高になっている状況を踏まえ、ハワイの航空券を検索しているユーザーや、高級ブランド・投資関連サイトの閲覧履歴を持つユーザーに広告を配信するなど、特定のメディア消費パターンに合わせた施策を打つわけです。こうした方法なら、低所得層への偏りを防ぎながら、本来狙いたいターゲット層により確実にアプローチできると感じています。

編集後記

今回のセッションを通じて印象的だったのは、ラグジュアリーブランドが提供するのは単なる高級な商品やサービスではなく、「心に残る体験」そのものであるという点です。

ビジネスの成功において最も重要なのは、「お客様の気持ちを理解し、満足させること」。どんな商品やサービスであっても、お客様が「買ってよかった」「価値があった」と感じることが、リピートにつながります。

例えば、iPhoneを購入する理由の1つに「iPhoneを持っている自分が好き」「Appleのサービスが良い」といった感情的な満足感があります。同じように、あらゆるブランドやサービスにおいて、顧客がポジティブな体験を得られるかどうかが鍵となるのです。

そのためには、単に商品を売るのではなく、どのような体験を提供できるかを考えることが不可欠です。これこそが、長期的な顧客ロイヤリティを生み出す本質だと言えるのではないでしょうか。

「ラグジュアリーとは何か?」—— その答えは、ブランドの哲学、サービスの質、そして顧客とのエンゲージメントによって形作られるのかもしれません。これからの時代、ブランドの価値を高めるためには、顧客一人ひとりに寄り添い、長期的な関係を築くことがより一層求められるのかもしれません。

文 :杉山 美和
写真:Why!?Direct.様提供

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