Eコマースの売上は2.4倍!長野のおやき専門店がデザインの力で売上を伸ばす「Eコマース×実店舗」地域愛溢れるOYAKI FARMの秘密

伊藤拓宗さん
1925年創業の有限会社いろは堂 専務取締役。1985年長野市(旧鬼無里村)出身。大学卒業後、東京で広告制作の営業職を経験し2007年有限会社いろは堂に入社、2013年より専務取締役に就任。長野県の郷土食「おやき」の老舗が、長野名物おやきの新たな発信拠点としてこの先100年を見据えて開いた工場併設店舗「OYAKI FARM(おやきファーム)」を2022年7月にオープンした。

一過性のブームではなく、文化として広めていくために

OYAKI FARM(おやきファーム)のプレスリリースを拝見し、本日お邪魔できるのを楽しみにしていました!クリエイティブで携わられていた方々のお名前が長野県出身の著名な方ばかりでとても豪華ですよね。今回のコラボの経緯をズバリお伺いさせてください!!

工場兼店舗の建設計画が先に進んでいたのですが、店舗のデザインなど詳細は何も決まっていませんでした。個人的に新しい店舗は今までの店舗の延長線にはしたくないと悩んでいた時に、同郷のHuuuuの藤原くん(@zuku_fujiwara)にお声がけしたのがきっかけです。Huuuuの藤原くんとは、彼が学生の頃から面識があったので。

Huuuuの藤原さんとは同郷のお知り合いだったのですね…!

そうなんです!田舎のおばあちゃんの家で出してもらう懐かしいイメージのおやきを今以上に若い人に買ってもらうきっかけや、長期的にいろは堂で働いてみたいと思ってもらえるような会社にしたいという私の構想をHuuuuの藤原くんに相談したんです。

その後話し合いを重ねるうちに、Huuuuの徳谷さん(@kakijiro)やカズワタベさん(@kazzwatabe)を巻き込んだ面白い提案を頂けたので、OYAKI FARMのクリエイティブ周りをお任せしようと思い至りました。

Huuuuの藤原さんだけではなく、面白い方々の人から人へのつながりがとても素敵です!!!

OYAKI FARMも戦略的に決めていたというよりは、長野県のローカルなご縁とタイミングでここまでこれている感じがします。

長野県出身の私も、地元にゆかりのあるクリエイターの方と一緒に仕事をしたい気持ちがありました。そして、彼らが「おやき」をテーマに考えた時に、なにがでてくるのだろうという未知の面白さを感じていました。だから、あえて私からは細かく指示することなく自由に作って頂けたのではないかと思います。

OYAKI FARMの稼働により、直近3年で売上が1.3倍(Eコマースの売上は2.4倍)というプレスリリースを拝見しました。デザイン面だけでなく、事業規模拡大にも寄与しているOYAKI FARM、すごくないですか…!?

おやき自体の認知度が上がってきている手応えは感じています。しかし、いろは堂としてのプロモーションの結果だけではないと考えています。

コロナ禍は、いろは堂も他の飲食店同様に実店舗の売上は厳しかったです。その影響もありEコマースの売上が伸び、結果的に売上はプラスになっています。

コロナ禍で実店舗に行きにくくなり、Eコマースの売上が伸びるのは理解できます。しかし、コロナが終息しつつある現在でも売上が伸び続けている理由はなんだと思いますか?

長野県在住の方が東京にいて実家に帰ってこれないお子様に送っていたり、旅行に行けない状況での取り寄せ需要など県内外問わずおやきをお求め頂いけていますね。

明確な答えは分析しきれていないのですが、送ってもらったおやきを今でもご自身で取り寄せ続けている方も多いのかなと。おやきは冷凍で常備できるので小腹がすいた時にいつでも温めて食べることのできる手軽さが魅力の1つだと思います。

また、おやきは基本的には野菜なので食べ過ぎても罪悪感が少ないのも選ばれる理由だと思います。今後は、長野の郷土食というポジションだけではなく、日常的に消費してもらえるような食べ物になれる余地は今後も模索していきたいですね。

いつでも冷凍庫においしい食べ物が入っているだけで、QOL(Quality of life)は上がりますよね!

おやきを日常的に消費してもらうようにするためには、地元の人におやきが浸透していることが大前提としてあります。例えば、観光のお土産でご購入頂くけれど、地元の人が食べないものではだめなんです。

その点、すでに文化として長野県に根付いているおやきを商売にしているのはいろは堂の強みの1つですよね。だから、おやきをブームとして広げるのではなく、文化として広めていくことがいろは堂としてできることだと思っています。

OYAKI FARMからはいろは堂おやきの製作工程を見ることが出来る

「子どもの頃に食べ慣れた味」は大人になってからも記憶に残り続けますよね…!おやきは長野県のご家庭では今でも食べ慣れているのでしょうか?

生地から手作りしている家庭は現代では少なくなっていると思います。しかし、市販のおやきを買って食べる機会はありますが、私の幼少期と比較すると身近さは薄れてきている感覚を危機感として持っています。

だから、OYAKI FARMでは観光の側面もありますが、地元の小学生向けに工場見学や、おやき作り体験で食育も実施しています。将来、成長した子どもたちが県外に出ても、長野県という地元のアイデンティティとしておやきを語れるようになってくれたら嬉しいですね。

売上を伸ばすデザインは、知恵を使え

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いろは堂のおやきは薄い皮の中に具材がぎっしり詰まっていて、とても私好みです!!今のいろは堂のおやきができるまでの紆余曲折があればお伺いできますか?

いろは堂は大正14年に長野県小川村大字稲丘で和菓子屋を開いたのが始まりです。おやきの生地の製法から具材の配合割合など味付けや作り方は創業当時からまったく変わっておらず、守り続けている部分です。そのため、OYAKI FARMなどおやきに付随する部分や見せ方を変えていっています。

おやきに付随する部分で変えたこと、これから変えていこうとしていることはありますか?

プロモーション部分はまだまだできることもあり課題は残りますが、デザイン面はこだわってます。

たまたま素敵なデザイナーさんとのご縁があり、いろは堂のロゴやパッケージから店舗のデザインなどをお願いしています。

デザイン面はお金がかかる一方、直接的に売上につながるのか?と言われると他にやらなければいけないことを優先して中々手がつけられない…という企業も少なくないと思います。いろは堂で最初にデザインにこだわろうと思ったきっかけはありますか?

仰るとおり、設備投資として工場を建てる為に数千万の費用がかかるのは目に見えてわかりやすいから周囲からの理解も得やすいですよね。しかし、設備投資などのハード面と同様に、ソフト面も投資を行うことが長期的にブランドや商品の付加価値を高めていく上では大事なことだと考えています。

伊藤さんがソフト面が重要と言い切れる背景には何があるのでしょうか。

他社のおやきもあれば、スーパーでも1つ100〜120円で手軽に買える中、いろは堂のおやきは250円前後の価格設定で地元の人には「高いおやきだね」と言われることもあります。

もちろん、価格にはちゃんと理由はありますが、原価や製法など作り手の都合だけではお客さんは買ってくれない。他社のおやきと価格で比較されても買ってもらえるおやきにブランド力やデザインなど価格で比較されないようなきっかけを整えていかなければいけないと思っています。

大切と分かってはいても、周囲の理解を得にくい部分でもありますよね…。だからこそ、優先順位を上げて投資をできるのが他社ではすぐには真似できない部分なのではないかと思いました。

やるのであれば、イニシャルコストをかけた方が最終的に自分たちを守ってくれるし、楽になりますよね。

もちろん、その決定を下せる前提には商品への絶対的な自信もあります。だから、どのように商品の価値を高めて世間に発信していけるかが私の仕事だと思っています。

裏事情を話すと、OYAKI FARMのメインは工場の設備投資なので、ロゴの刷新などのソフト面の新しい挑戦は失敗しても良いとまでは言いませんが、仮に失敗してもそれも1つの結果なので、思いっきりやってやろうと思い建設をすすめました。

結果的にとても面白い取り組みになりましたが、実現に至らなかった提案もありましたか?

もちろんです。色々な提案をいただき、それらをやるかやらないかの最終判断はしますが、私では思いつかないことばかりでクリエイティブ能力を感じていました。社内だけでは出てこない意見や、外の人だからこそ見える視点が大事だと痛感しましたね。

これが成功か失敗かの答え合わせは何年後かにわかるものかなと。

いい意味で異彩を放っていた「野沢菜おやきステッカー」

提案の内容を具体的にお伺いしても…?

まずは、「OYAKI FARM」という名前です。他にも名前の候補はありましたが、私としてはもう少しいろは堂の名前を残した方が良いかと思ってしまいましたが、提案を聞く中で私も考えを改めました。

また、グッズ作成の提案も面白い発想だなと。このシール、結構売れるんですよ(笑)

私も思わず、買ってしまいました(笑)

当初、提案を頂いた時は正直「誰が買うの?」と思いました(笑)仮に売れずとも大きなコストにはならないので作るだけ作ってみたら、想像以上に売れましたね。それ以外にも、ガチャガチャのバッチやTシャツなど、一歩間違えたらふざけてるだけに見えるゆるさが面白いなと。

仮に、購入せずとも「おやきTシャツあったよ」とネタにしてくれればそれだけで十分です(笑)

はずし方が絶妙ですよね!実際、店舗に入った時に目に留まるし、話題にもなる。仮に失敗したとしても、失敗も最小限に収まるのは秀逸ですね。

Huuuuの方々のクリエイティブセンスを感じますよね。グッズ単体で収益化する気はないので、プロモーションの1つの手段として話題性をつくれたらいいと思っています。

6次産業化の勝ちパターン!?全ては地域貢献への想い

OYAKI FARM以外で、新しい取り組みがあれば教えてください!

おやきの原材料は長野県の農家から仕入れていたり、できるだけ地元との繋がりを持ちたいと思っています。

OYAKI FARMも観光客向けで、地元の人は行かない場所にはしたくありませんでした。だから、OYAKI FARMの庭でマルシェを開催して地場の野菜を販売するなど、地元の人が気軽に来れる仕組みづくりはこれからも続けていきたいです。

いろは堂の新しい取り組みが地元の農家にとっては新たな販路になり、まさに三方良しですね!

仕入先の農家からは、今まで自分の野菜がどうなって、誰に届いているか分からなかったが、いろは堂のおやきになっているのは嬉しいと言って頂けた時は私も嬉しかったです。

だから、社内勉強会でも生産者の方をお呼びするなど、生産者との繋がりはもちろん、お客さんとのかかわり方について伝えています。OYAKI FARMで工場の様子を見れるような設計にしたりしているのも、いろは堂なりのお客さんとの接点の持ち方の1つだと思っています。

店舗の裏にある工場見学の通路

作り手として「誰に届いてどのような反応があったのか」はモチベーションにも繋がりますよね。農家の方がD2C(Direct to Consumer)を始められることが増えているのもその影響があると思いますが、販路の確立が大きな1つの課題になっていそうですね。

6次産業化の文脈で語られることもありますが、1次産業から2次産業、3次産業に展開して成功している事例は多くはありません。その理由は、良いものを作っても売るノウハウがないことが要因の1つとしてあると思います。

だから、6次産業化へは1次産業から2次産業、3次産業の流れとは逆で、2次産業、3次産業から1次産業に参入する方が勝ちパターンを作れるのではないかと考えています。

また、農業や生産者は慢性的に人手不足の課題を抱えていることも多く、年々収穫量が減ってる事実があります。そういう意味でも、自分たちで農業への展望も考えないといけないですね。

おやきの新しい展開から、農業の未来の話になるとは……!

経営をされている方であればあらゆるリスクを想定しなければなりません。しかし、私はシンプルに地域貢献の想いを強く持っているだけだと思います。

地域貢献と一言に言ってもやり方は色々です。その中で、私ができることはいろは堂の売上を伸ばしていくことが広義の地域貢献になると思っています。ソーシャルビジネスとして、地域に貢献していける仕組み作りはこれからも続けていきます。

現在、いろは堂の従業員数は約130名ほどですよね。伊藤さんが入社されてからの数字の伸びはどのような曲線を辿られていますか?

年々少しずつ増えていましたが、OYAKI FARMの開業とともに製造ラインの人材を一気に採用しました。

社員はUターンやIターンなど地元採用が多く、近郊の方がOYAKI FARMで働きたいと思ってもらえたら嬉しいし、いろは堂で家族が働いていることをお子さんが自慢できるような会社にしたいと思っています。

イイ話ですね…!これまでのお話でオフラインの場所を大事にされている印象を受けました。その中で、Eコマースの今後の位置づけについて、どのように考えられていますか。

もちろん、売上げや収益においてEコマースの役割は大きいです。Eコマースでの購買をきっかけに、長野県やOYAKI FARMへ実際に足を運んでみようと思うきっかけづくりにできたらいいですね。

もちろん、店舗に訪れた方が再度、いろは堂のおやきを取り寄せる手段としてEコマースを活用して頂くのもいいし、オフラインで提供できる価値は大事にしつつ、相乗効果を作れたらと思います。

店舗に足を運んでもらえるようなきっかけ作りとして、Eコマースで取り組んでいる施策はありますか?

Eコマースよりはどちらかというと、実店舗でしか買えない商品や夏野菜のトマト味など季節限定商品で季節感を出すことで旬を知ってもらいたいと思っています。オンライン、オフラインに限らず、その時期しか買えないことに価値があると思っていて、お客さんもそれを待ってくれていると思うんです。

四季が濃い長野県をおやきを通じて知ってもらうことで、いろは堂はもちろん、長野県に足を運んでもらえるようなきっかけになれば、それも私のできる地域貢献の1つだと考えています。

「正解」はない中、何を成果にしていくかという1つ1つの出来事を線として繋がっていくお話がすごく興味深かったです。Eコマースに限らない経営のお話までありがとうございました!!!

編集後記

長野県に訪れた時に何気なく手に取っていたおやき。手軽なおやつのイメージがありますが、お酒にも、コーヒーにもあう万能な食べ物なんですね。そして、長野県という土地柄、四季を通じて海外からのインバウンド需要も多く、ベジタリアンやヴィーガンの方でも食べることが出来る商品としてのポテンシャルも感じました。

いろは堂ブランドとして既存の世界観を守りながら、いろは堂としてはできないことをOYAKI FARMでは遊び心を持って発信し続けていく。そうすることで双方のブランドの相乗効果を期待したいと語る伊藤さん。OYAKI FARMを建設した当初に懸念された、本店の売上低下は結果的に杞憂に終わった。むしろ、OYAKI FARMを起点に今までおやきを知らない人にも注目されるきっかけになっているとのことです。

ローカルビジネスでありつつ、常にイメージに囚われないおやきの可能性を模索し続ける姿勢をOYAKI FARMのコンセプトからもひしひしと感じました。

ラーメンの英語表記が「ramen」のように、「OYAKI」という英語が浸透する未来は、もうそこまで来ているかもしれないですね。

文:杉山 美和
写真:杉山 美和/齋藤 彩可

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